14話 親戚のじいさんに新年の挨拶
ぼくは本家の新年会に参加している。
開田の家のお屋敷にて。
「おーうい、真司くーん」
ぶんぶん! と手を振りながら、黒服の男・三郎さんが近づいてくる。
「黒服ターミネーターが急に来るとびっくりするわね……」
同級生の里花がすっ、とぼくの影に隠れるように身を引く。
「どうしたの、三郎さん?」
「高原さまとお嬢がお手すきになられたぜ。挨拶したいってよ」
里花が首をかしげる。
「こーげんさま?」
「本家のじいさんのこと。今めっちゃ人来てて挨拶できないって思ったんだけど、タイミングがあいたみたい」
ぼくは立ち上がって、三郎さんの隣に行く。
「じゃ、ちょっと顔出してくるから、少し待っててね、里花」
「あー、それがね真司くん。どうやら高原様が里花ちゃんに会っておきたいってさぁ」
じいさんが?
なんでだろう……。
「えっと……どうする、里花?」
「いくわ。しんちゃんのおじいさんに、挨拶しておきたいもの」
「え、そう?」
なんでだろう。
別に身内でもなんでもないのに、挨拶?
「……いつか身内になるでしょ」
「え、なに?」
「なんでもないっ。ほら、連れてって!」
ぼくは三郎さんの案内で別の部屋へと連れて行かれる。
長い廊下をめちゃくちゃ歩かされた後……。
「失礼しまーす! 三郎です! 真司くんとフィアンセ連れてきましたよー!」
「「なっ……!?」」
「だ、誰がフィアンセよ筋肉だるまぁ……!」
ぽかぽか、と里花が顔を真っ赤にして三郎さんの胸板をたたく。
「え~? だってその気があるからついてきたんじゃないの~?」
「なっ……!?」
ぱくぱく、と里花が金魚のように口を開いたり閉じたりする。
「え、そ、その気って……?」
「知らないわよぉ!」
というふうにはしゃいでいると……。
『三郎。入れ』
中から凜とした声が聞こえてくる。
「あ、はーい。ほらお嬢が待ってますよん。さぁどうぞ中に」
三郎さんがふすまを開く。
部屋の奥には、一人の女性が正座してして座っていた。
畳を歩きながらぼくは【彼女】に近づいていく。
「わぁ……きれいな人……」
里花が彼女を見てそうつぶやく。
真っ白な髪の毛をした、小柄な女の子が正座していた。
ぱっと見ると十代前半の、小さな女の子。
だが近づけばその顔つきが大人びていることに気づく。
目が見開かれる。
ウサギみたいに真っ赤な瞳がぼくを見据える。
ふっ……と彼女がぼくを見て微笑む。
「よく来たな、シン。あけましておめでとう」
「うん。あけましておめでとう、流ちゃん」
和服の美少女……流ちゃんがぼくに挨拶をする。
「し、シン……それに、流ちゃん……って……」
ぷるぷると里花がなぜか震えている。
「シン。そちらのお嬢さんは?」
「あ、そうか。里花。この人は流ちゃん……開田 流子ちゃん。ぼくの……」
と、そのときだった。
「婚約者じゃよ」
がらり、とふすまが開いて、和服を着たじいさんが入ってくる。
年は80を超えている。
でも顔つきも体つきも、そして足取りもしっかりしちえる。
「こ、婚約者ぁ……!?」
驚く里花をよそに、じいさんは悠然とした足取りで近づいてくる。
流ちゃんの隣に座る……じいさん。
猛禽類みたいに鋭い瞳。
真っ白な白い髪は流ちゃんと同じ。
長いひげを手で触っている。
はぁ……とぼくと流ちゃんがそろって溜息をつく。
またこのじいさんは……。
「あけおめ、じいちゃん」
本家のじいさんが、にこっ、と笑う。
「うむ、真司。あけましておめでとう」
あわあわ、と里花が慌ててる。
「ちょ、ちょっとしんちゃん! こ、この流子ってひとこ、こ、婚約者って本当なのぉ!?」
ぼくの腕を引っ張って、里花が半泣きで聞いてくる。
「違うよ。ねえ?」
ぼくは開田祖父孫に言う。
「ああ、違う」「いいや、違わないぞ」
孫と祖父がそれぞれ違う答えをする。
「どっちなのよぉおおおおおお!」
はぁ……と流ちゃんが溜息をつく。
「お爺さま、お戯れはよしてください。シンのガールフレンドが困っています」
「ははは! そうかそうか、それは申し訳ない」
ぼくの腕にしがみついてる里花に、じいさんが頭を下げる。
「すまなかったね松本 里花さん。今のはほんのジョークじゃよ」
ぽかん……と里花が口を開いている。
「まあしかし婚約者だったのはその通りだがね」
「いつの話してるの、じいさん……」
「10年以上も前のことでしょうお爺さま……」
はぁ~……と流ちゃんとぼくは溜息をつく。
「は? え? ど、どゆこと……?」
ぼくは最初から説明する。
「この女の子はさっきいった、流ちゃん。開田 流子ちゃん。本家の人。んで一番偉いのがこのじいさん、開田 高原さん」
優雅に笑って、じいさんが頭を下げる。
「じいさんの息子……つまり流ちゃんのお父さんが死んだときに、一時期、分家のぼくが婿養子になるって話があったの」
「すぐに立ち消えになったから、安心してくれ、里花さん」
流ちゃんが微笑むと、里花が目をぱちくりさせる。
「は、はぁ……つ、つまり、昔は婚約者だったけど、今は違う……ってこと?」
「そゆこと」
ほぉ~……と里花が深く安堵の吐息をつく。
「そ、そっかぁ~……良かったぁ~……」
「え、よ、良かったの……? なにが……?」
かぁ~……と里花が顔を赤くすると、首を強く横に振る。
「なんでもないわ! ばかっ、ばかっ、もうっ! 心配させてもぉ!」
何か心配させるようなことしたかなぁ?
一方で流ちゃんは、くすくすと笑う。
「随分と可愛いガールフレンドができたんだね、シン」
「可愛いのは同意。でもガールフレンドじゃないんだけど……いたたた! なに!?」
里花が唇をとがらせながら、ぼくの脇腹をつまむ。
でもぱっ、とすぐに放した。
なんなのだろう?
「うむ、仲が良いのはいいことだな。里花さんや。真司をよろしくな」
パンパン、とじいさんが拍手する。
ふすまが開くと、黒服のグラマーなお姉さんが入ってきた。
その手には大きめの風呂敷があった。
じいさんの前に風呂敷を置くと、お姉さんは去って行く。
「二人にお年玉じゃ。受け取りなさい」
「は、はぁ……お、お年玉? この……風呂敷が?」
里花がいぶかしげな視線を向ける。
「ああ。少なくて悪いが君の分もある。あけてごらん」
おそるおそる、風呂敷の包みをほどく。
でてきたそれをみて、里花が腰を抜かした。
「な……に……この、札束の山ぁ……」
ぷるぷると震えながら指さす先には、札束での山がふたつ、築かれている。
「今年はいくら?」
「5000万ほどじゃな」
「ご……!? きゅぅ~……」
ぱたん、と里花が気を失う。
「ちょ、ちょっと里花!? んもぅ! じいさんの馬鹿! なんてことするのさぁ!」
ぼくは里花を慌てて抱き起こす。
「む? どうしたのだ?」
「……お爺さま、庶民に5000万円のお年玉は、刺激が強すぎます」
はぁ……と流ちゃんが大きく溜息をつく。
「ふむ、そうか。特に里花さんの家は今まずしいと聞いたから、ちと多めに入れておいたのだが……逆効果だったか」
「何訳知り顔で言ってるのさ!? 里花! さ、三郎さぁん!」
ぱーん! とふすまが開いて三郎さんが入ってくる。
「どうしたんだい?」
「里花を医務室に!」
「がってんしょうち!」
三郎さんが里花をお姫様だっこして、えっさほいさと出て行った。
「もう! じいさんってば、余計なことばっかするんだからぁ!」
昔からこの人は、いろいろいらんお節介を焼いてくるのだ。
「はは、まあ許せ。札束は彼女の家の口座にでも振り込んでおこう」
ぱんぱん、とじいさんが手をたたくと、またさっきの黒服お姉さんが入ってきて回収していった。
「てか、里花の家がまずしいって……? ほんとなの?」
じいさんに問いかけると、うむ、とうなずく。
「幼い頃に母親が離婚したらしくてな。彼女もバイトしてる。なかなか家計は大変らしい」
「……そう、なんだ」
思ったより、結構ヘヴィな事情を抱えてるのかも知れない。
ぼくは彼女の深いところまで知らないし……。
気になる……。ってか、ん?
「……じいさん、なんで里花の家のこと知ってるの?」
「……お爺さま、まさか、またお節介ですか?」
流ちゃんが非難するように、じいさんをにらみつける。
じいさんは悪びれた様子もなくうなずく。
「いずれ我が一族に加わるものであれば、身辺調査は必要だろう?」
「「余計なお世話……!」」
はぁ……と流ちゃんとぼくが溜息をつく。
「まあゆるせ。あまり深いところまでは調べておらん」
「当たり前だよ! プライバシーの侵害だっ。まったく……もうっ!」
ぼくはきびすを返して医務室へと向かう。
じいさんのせいでとんでもない正月だよ……!