11話 打ち上げの焼き肉店にて
コミケに来ているぼくたち。
15時くらいには撤収作業を始めた。
スタッフさん達にお礼をして、一時解散となる。
「やーやーお疲れちゃーん!」
見た目ターミネーターな三郎さんが、ぼくらに笑顔で近づいてくる。
「今日も盛況だったねぇ! さっすが真司くん!」
「ううん。みんなが手伝ってくれたおかげだよ。ありがと」
「なんのなんの! 楽しかったし! それに懐もあったかくなったし!」
ちゃんとギャラは渡してる。
スタッフ含めて、等分してるんだ。
「ギャラを等分って。いいの? 一番頑張ってるのあんたなのに」
「そう! そう思うよねぇ。おれももらいすぎて逆に申し訳ないよ~」
うんうん、と三郎さんが、里花の言葉に対してうなずく。
「いいんだ。趣味でやってることだし」
「ふーん……ちなみにいくら稼いだの?」
ぼくが金額を告げると、里花が目をむく。
「ま、マジ……? こんなにもうけたの……? あんたもうちょっともらって良いと思うわよ……」
「そうかな? まあでもみんなに世話になってるから」
ロシア警備レイヤー、ターニャさん達が近づいてくる。
「三郎。打ち上げ。何時?」
「打ち上げ?」
はて、と里花が首をかしげる。
「コミケのお疲れ様会みたいなやつ。近くのお店でご飯食べるんだ」
「18時! JOJO苑を予約してたから! みんな時間通りに来てね! 解散!」
スタッフさん達がいったん捌ける。
「里花ちゃんの分も予約しておいたよ!」
「ありがとー、三郎さん!」
「ふふふ、どういたしまして!」
里花がぽかんとしていた。
「あぇ!? あ、あたしも参加して良いの、打ち上げ!?」
「もちろん! だって手伝ってくれたんだし!」
里花が躊躇しつつも……。
「じゃあ……ご相伴にあずかろうかな」
こうして里花が、ぼくらのサークルの打ち上げに参加することになった。
★
三郎さんの運転する車で最寄り駅まで戻った。
いったん解散して、お店に集まった次第。
「「どうしてこうなった……!」」
ぼくと里花が向かい合わせで、頭を抱えている。
ぼくらがいるのは、焼き肉店【JOJO苑】。
その個室に二人きりである。
三郎さん曰く……。
『あーっとすみませーん席が別れちゃって! 真司くんは里花ちゃんと二人っきりでおにくたーべて★』
だそうで。
『ほらおれナイスアシストでしょ。グッドラッグ!』
『三郎。珍しい。気を利かせた。珍しい。真司くん。グッドラック』
だそうで。
ぼくは里花と二人きりでご飯を食べることになったのだった……。
「こんな高級店で、焼き肉おごってもらうの、スゴイ申し訳ないわ」
里花がそわそわしながら言う。
「あ、ううん。気にしないで。今日の売り上げから出るから」
「そ、そっか……。うん、で、でも緊張するわ……こんな高級な店来たのはじめてだし」
ちら、と里花がぼくを見やる。
「あんたは落ち着いてるわね」
「そう?」
うーん……JOJO苑ってそんなに高級店かなぁ。
確かにコースは高いけど、もっと高いとこいっぱいある気がする。
だから落ち着いてるのかなぁ。
ほどなくして、着物を着た店員さんが、前菜をテーブルの上におく。
「あれ? しんちゃんお肉は? お肉来てないよ?」
きょろきょろと里花がテーブルの上を見渡す。
「まずはオードブルが来るの。お肉は最後」
「へ、へえ……お、オードブル……焼き肉店なのに?」
「うん。順々に料理が出てきて、最後にお肉って感じなんだ」
里花が感心したようにつぶやく。
ビーフンの和え物を食べる。
「! しんちゃんこの和え物おいしいわ! すごい!」
「うん。美味しいねぇ」
「こっちのキャベツも……なんかすごい美味い!」
里花が目をキラキラさせながらキャベツを食べている。
なんか野菜食べるウサギさんみたいで可愛い。
「まずいわ……オードブルでこんな美味しいなんて……! お肉はどうなのかしら……」
「そろそろくるんじゃない。あ、来た」
ぼくらの前にお皿が一枚置かれる。
「こ、これがJOJOのお肉ぅ! ……なんか少ないわね」
お皿にはロース、カルビ、ネギタン、あとオマールエビが乗っている。
「他には?」
「え、これで全部だよ」
「えええ!? うそぉおお!」
里花が目をむいて口をあんぐり開ける。
お皿とぼくとを何度も見比べる。
「嘘でしょ、お肉たったこれだけっ? カルビなんて3枚……ロースも!? こんなんじゃおなかいっぱいにならないわよぉ~」
なんだかすごい、リアクションが新鮮だ。
「まあまあ。前菜とかで結構おなか膨れてるから、これくらいで十分なんだよ」
「えー……本当にぃ?」
「うん。それにお肉のクオリティは高いから。食べてみて」
「うーん……わかったわ」
里花が網の上にカルビを置く。
じゅぅうう……という音とともに、芳ばしい香りがする。
「待ってしんちゃん待って!」
「ん~? どうしたの?」
わなわなと口を震わせながら、里花が言う。
「煙が……美味い!」
「はえ? ど、どういうこと……?」
すんすん、と里花が鼻を鳴らす。
「肉の焼いてる匂いすら美味しいの! 炭っぽくないってゆーか……全然焦げた煙がでてないわ! すごい!」
煙が美味いってスゴイ表現だな……。
「ほら、そろそろカルビ焼けたみたいだよ」
「じゃ、じゃあ一口……」
里花が箸でつまんで、カルビを食べる。
「~~~~~~~~~~~~!」
ぱたぱたぱた! と里花が足をばたつかせる。
「どう?」
「うっっっっまいっ!」
目を星空のように輝かせて、里花が頬を紅潮させながら言う。
「なにこれちょ~~~~~~~美味しひぃ~~~~~~~~~~♡」
目を閉じて幸せそうな表情を浮かべる里花。
「油がなんかね、甘いの! これ……タレなんてつけなくっても……最高に美味しい!」
「そっか。もっと食べなよ」
「うんー!」
普段はちょっとクールな感じの里花が、ただの肉にここまで興奮するなんて。
しかも、子供みたいにはしゃいでるのが……ふふっ、なんだか可愛い。
「ああそんな! カルビがもうないわ! もっと食べたいのにぃ~……」
しゅん、と肩を落とす里花に、ぼくはお皿を渡す。
「ぼくの食べて」
「いいのっ?」
「うん! 結構おなかいっぱいだし」
「い、いいの? 本当にいいの? もらえるなら遠慮無くもらうわよ?」
「うん、召し上がれ」
「ありがと~♡」
里花がカルビを受け取って、ジュウジュウ焼いて食べる。
また足をパタパタさせるのが可愛くて……。
ぼくはずぅっと、里花を見ていた。
ほどなくして。
「はぁ~……至福~……♡」
ホットコーヒーを飲んで、里花がひと息つく。
ただの焼き肉でここまで良いリアクションを取ってくれるんだ。
店側もさぞうれしかったろう。
「しんちゃん……ありがとう」
「ん? なぁに急に」
里花がぼくに微笑んで言う。
「念願だったコミケに参加できたのも、こんなに美味しいお肉食べれたのも、あなたのおかげだよ。ありがとう」
すっ、と里花が深々と頭を下げる。
「そ、そんな! ぼくのほうこそありがとうだよ。その……すっごく楽しかったし」
思えばぼくは、コミケにて、ずっと大人の人と参加していた。
売ってるときも、打ち上げの時も、いつも大人の人に囲まれていた。
こうして同級生と一緒にコミケに参加したのは……生まれて初めてだ。
「本当に楽しかったよ。本当に、ありがとう!」
「こっちこそ、ありがとうっ!」
ぼくらは知らず笑っていた。
ああ、楽しいなぁ……。
「コミケやばいわね。人めっちゃいたわ。同人誌もすぐなくなっちゃうし」
「一時よりは人数減ったみたいだよ。人数制限してるみたいだし」
「へー……そっかぁ~……ふふ、楽しかったなぁ~……」
……その、終わりみたいな雰囲気に、ぼくは一抹のさみしさを覚える。
これで、終わり……。
それでいいのか……?
……なんか、嫌だな。
「ね、里花。……もし、良かったらさ。また……手伝ってくれない?」
「えっ?」
……ぼくも自分で驚いていた。
まさか自分から、誰かをコミケに誘うなんて。
「あ、えと! 嫌ならいいよ! でもその、売り子すっごい助かったし、それに一緒にコミケ会場見て回るのも楽しかったっててゆーか……」
ぽかんとしていた里花が、パァ……! と晴れやかな表情になる。
「いいのっ?」
里花がぼくの手を握る。
夏の太陽みたいに、明るい彼女の笑顔が……まぶしくて、思わず目を背けてしまった。
「も、もちろん。てゆーか、お願いします」
里花が目を細めて、ぶんぶん! とぼくの手を握って上下に振る。
「うん! うん! こっちこそ! またお願い!」
……ぼくは驚いていた。
陰キャで、根暗で、引っ込み思案のぼくが……。
自分から女の子に、こうして次のデートを申し込むなんて……。
どうしてしまったんだろう、ぼく?
自分でもわからないや。
でも……でもね。
里花の笑顔を見ていると、なんだか心が温かくなるんだ。
もっと見たいって、もっとそばに居たいって……そう思うんだ。
これは……なんなんだろう……。
この胸の甘いうずきは、なんなんだろう……。
そんなふうに、新しい自分に戸惑いつつ、コミケは終了したのだった。