10話 コミケデート、プレゼント
【※補足(読み飛ばしてもokです)】
作中の時系列的(作中内時間)には、
・2020年12月年末
この話
・2021年8〜9月
神作家、窓際編集
・2022年5月
カクヨムのラブコメ
となってます。
年末、ぼくは国際展示場にて、コミケに参加していた。
午前中に同人誌を売り切ったぼくは、ニセコイ関係のクラスメイト里花とともに、会場を案内する。
「あ、歩く隙間もないわね……」
視界には人がぎゅうぎゅう詰めになっている。
売り子さんも、買う側も、結構窮屈そうだ。
「あいたっ」
「里花! 大丈夫……?」
肩をぶつけた里花が、尻餅をつく。
「うん。平気」
「ほら、立てる?」
ぼくは里花に手を差しのばす。
彼女は顔を赤くしながら、ぼくの手を取り、立ち上がる。
「あ、ありがと……」
ぼくは手を放そうとする……が。
里花は、ぎゅっ、とつかんできた。
「どうしたの?」
「手ぇ、つなぎましょ……」
耳の先まで真っ赤にした里花が、消え入りそうな調子で言う。
え、ええ!?
そ、そんな……手をつないでデートだなんて!
「か、勘違いしないでよね! これは……そう! あたしが迷子にならないためだから! 探す手間を省くためだから!」
「あ、なるほど……確かに迷子になったら嫌だもんね。……痛い痛い痛い! なんでつねるの手の甲を!」
「別にっ! ふんっ! しんちゃんの鈍感! いきましょ!」
うーん、さっきは機嫌が回復したかなぁって思ったら、また不機嫌になってしまった。
やはり陰キャに恋は難しいのだろうか……。
まあニセコイな関係なんだけども。
「……怪我の功名っ♡ 手ぇつなげたぁ」
「里花ぁ? なんだってぇ、人が多くて聞こえないよぉ」
「なーんでもない! ほら、案内してっ!」
ぼくらは島(出店ブースのことね)の間を縫いながら、同人誌を見て回る。
「へえ! アクリルキーホルダーなんて売ってるのね」
ブースのひとつを見て、里花が感心した風に言う。
「うん。手作りで」
「手作り!? マジ!? すっごー……プロと遜色ないじゃない!」
「プロが同人やってることってあるからねー」
「ふーん、しんちゃん物知りね。さすが同人王」
「や、やめてよそれ……恥ずかしい……」
別に同人の王でもなんでもないんだけどなぁ。
里花が感心したようにうなずきながらいう。
「いや実際たいしたものじゃない。こーんなたくさん出店してる人たちの中で、壁サー……トップ張れる人気持ってるんだもの。さすが同人王」
「だ、だからぁ~。もうっ、里花、からかってるでしょ!」
「うん、からかってます♡」
「もー!」
里花が舌をちろっと出して笑う。
……ああ、なんて素敵なんだ……。
こんな綺麗な人が、本当に恋人だったら、最高なんだけどなぁ~……。
「はぁ~……」
「どうしたの?」
「うぇ!? な、なんでもないよっ」
まさかあなたと恋人だったらな、なんて思ってたなんて言えないよ。
キモいって思われちゃう。
あくまでぼくらは、偽の恋人関係なんだし……。
はぁ……。
「ね、しんちゃんは見たいとことかないの? あたしばっか見せてもらってるけど」
ふと里花がそんなことを言う。
「あ、うん。そうだね……挨拶回りしときたいかな」
「挨拶回り?」
「うん。知り合いの絵師さんとか、あと【師匠】に、いつもお世話になってますーって」
ぼくは逆の手に持ってる紙袋を見せる。
「あ、それ配るように持ってきてたのね」
「そう、見本誌」
「おっけー。じゃ、挨拶回りいきましょ」
ぼくは里花と一緒に、友達の絵師さんところへ行く……。
「こんにちは!」
「おお! 【しんしん】さんじゃないですかぁ!」
売り子してた絵師さんが、ぼくに笑顔を向ける。
「しんしん?」
「ぼくのペンネーム」
「パンダみたいね。しんしん……かわいい♡」
うう……可愛いって言われちゃった……。
男の子的にそれはちょっとなぁ。
売り越していた絵師さんが、ぼくと里花を見比べる。
「やや! しんしん氏! そちらのギャルはどちらですかな!」
「友達。売り子を手伝ってくれたんだ」
「ほほう……お美しい……レイヤーさまですかな?」
「違う違う。普通の人」
「へえ! でも一般人でここまで綺麗なら……コスもさぞ映えることでしょうなぁ」
確かに里花は背が高いし、スタイルも良いから、コスプレは似合いそう……。
でも……やってくれるかなぁ。
「あ、すみません。これ新刊です。見本誌」
「やや! どうもどうも。こちら新刊です。今後ともごひいきに!」
ぼくは挨拶を終えて、里花とともにその場を後にする。
「コスプレ、かぁ……」
「興味ある?」
「えっ? う、うーん……すこぉし……ね」
里花のコスプレ、かぁ……
超似合いそう……あとエロそう。
「なんか、やましいこと考えてない?」
「はは、まさかまさか」
その後もぼくは知り合い絵師さんを回る。
途中で【師匠】のところを訪れる。
「ししょう?」
「うん。あだ名。と、ぼくに絵の基本教えてくれた人」
壁側までやってきた。
すでに新刊は全部捌けてるようだった。
「こうちゃん師匠~? あれぇ? トイレかなぁ」
「そうみたいね。ほら机の上見て」
メッセージカードが置いてあった。
『おトイレに行ってそうろう。こうちゃんに用事がある方は、また後できてちょ』
「ほんとだ。挨拶したかったんだけどなぁ」
「新刊だけ置いといたら。壁サーってことは忙しいでしょうし」
「それもそうだね」
ぼくは新刊と、あとお菓子をお供えしておいた。
「ぼくの用事はこれで済んだよ。次はどうする?」
「あたし、ちょっと行きたいブースあるんだ!」
「じゃ、いってみよっか」
ぼくたちは会場内を歩く。
なんかもう、結構ナチュラルに、里花はぼくの手をつかんでくる。
普段は気恥ずかしくてできないけど、コミケでは結構みんな、周り見てないからね。
「どこ行きたいの?」
「欲しい同人誌あるんだぁ。ここ!」
里花がバッグからコミケのカタログのコピーを取り出す。
コミケカタログは一昔前の電話帳みたいに分厚いので、基本持ち歩かない。
必要な部分だけを印刷、あるいは破って持ってくるのが基本。
里花がぼくに見せてきたのは、カタログのコピー。
「あー……ここかぁ」
「え、どうしたの?」
ぼくは言うべきか迷いつつも、先に言っておく。
「たぶん……結構な確率で、売り切れてると思うよ」
「え!? まだ12時ちょっとすぎ……始まって2時間しか経ってないじゃない」
「うん。でもここ人気サークルだし。ほら、うちも午前中に全部捌けたじゃん?」
「た、たしかに……ど、どうしよう……」
里花が暗い表情になる。
……ぼくはそんな彼女を見て、胸にモヤモヤを抱いた。
「と、とにかく、いちおう見に行ってみよ。もしかしたら奇跡的に、残ってるかもだし」
「そ、そうね!」
ぼくは歩きながら、内心で首を捻る。
なんでぼく、彼女が悲しそうにしてるのを見て、胸が苦しくなったんだろう……?
ほどなくして、目的地に到着する。
けれど……。
【新刊 完売しました】
「あー……やっぱりかぁ~……」
里花が、落胆した表情を浮かべる。
ずきり、とやっぱりぼくの胸が痛んだ。
「仕方ないわ。帰りましょ」
里花が弱々しく微笑む姿を見て、ぼくは……珍しく、自発的に動いていた。
「あの、すみません!」
ぼくはサークルの売り子をしていた人に声をかける。
「はい?」
「あ、えっと……ぼく、しんしんって言います。初めまして!」
売り子さんは目をむいて叫ぶ。
「ええ!? しんしんって……あの!? サークル【Rika】の!?」
「あ、はい! 知ってるんです?」
「そりゃもちろん! 大ファンです! わぁ、わぁ、本人だー! 感激だなぁ!」
ぼくは売り子さんと手を握る。
「あの、えっと……本当に非常識なお願いだとは重々承知してるんですが……新刊の同人誌、ゆずってもらえないでしょうか?」
「えっ!?」
里花が目をむいてぼくを見ている。
うん、マナー違反なのは、わかってる。
でも……君の悲しい顔は見たくないんだ。なんでだか。
「もちろん! いいっすよぉ! 見本誌あるんで、それでよければ!」
売り子さんが新刊を奥から取り出して、ぼくに渡してきてくれた。
「ありがとうございます! あの、お礼にぼくのも……」
「うぉおおお! Rikaの新刊ぅうううう! 30分で完売するってプレミアついてる新刊だぁああああああ! うれしいぃいいいい!」
売り子さんは涙を流しながら、ぼくに何度も頭を下げる。
「あざっす! このご恩わすれないっす!」
「いえいえ! こちらこそ、ありがとうございました! スゴイ助かりました!」
ぼくらはツイッターのフォローしあうと、その場を後にする。
ぽつんと立っている里花に、ぼくは同人誌を渡す。
「お待たせ。はいこれ」
「しんちゃん……いいの?」
「うん! プレゼント! いつもお世話になってます」
里花は恐る恐る同人誌を受け取る。
「うれしい……」
ぎゅっ、と里花が同人誌を抱きしめる。
ふにゃりと柔らかく微笑んで……目には、涙を浮かべていた。
「すごいうれしいよ……しんちゃんからのプレゼント……」
「お、大袈裟だなぁ」
ふるふる、と里花が首を振った後、輝く笑顔を浮かべる。
「ありがと、しんちゃん♡ これ、大事にする!」
里花の満面の笑みを見て……。
とくんっ、と心臓が跳ねた気がした。