真っ赤な始まり
「危ない!」
そう叫んだのはいったい誰だったのだろう。あるいはそれすらも幻だったのかもしれない。
全神経が麻痺してつい先ほどまで感じていた身体中を駆け巡る熱さも、それと同時に沸き起こった寒さも、ヒンヤリとしたアスファルトの感触も、もうとっくに感じなくなっていた。
しかし、未だ感じる全身から失われていく血液の感覚。
次第にそれは真っ赤な水溜まりを作る。
微かに聞こえる吐息の音のする方へ視線だけを動かすと、隣に血で所々赤くなったレンズ越しに血にまみれた友人の姿が見える。
血溜まりの数は二つ。一つ足りない。
さらにその奥にある乱雑に積み重なった鉄骨の下から静かに赤い液体が流れてくる。その液体はそばに転がっている赤いフレームの眼鏡を赤で上塗りして此方にやってくる。
とっくに麻痺したはずの神経に伝わる生暖かいヌルリとした感触が頬を撫でる。
あれでは彼はもう助からないだろう。
隣の彼の吐息もとっくに聞こえなくなっている。
(クソ…が…)
己の体を押し潰す鉄の塊と視界の端で慌てる黄色いヘルメットを被った作業員を一睨みした後、彼も二人の後を追いかけていった。
血塗れの一冊の本を残して。
真っ赤に染まった表紙に書かれた微かに読めるその本の名は。
ー『異世界取り扱い説明書』