18
新たな3人の奴隷を使用人として迎えて2週間がたった。
イザベルとしては穏やかな時間が流れていた。
3人ともイザベルが驚くほどに働くのだ。
ルディはすぐにイザベルの好みの味付けを覚え、ラウルは暇さえあれば鍛錬をし、リアムも屋敷の掃除等をしながら順調に文字を覚えていった。
「…リアム。これはこの表現の方が良い」
既にリアムは文字を読むことはもちろん書くことまで身につけていた。
イザベルはその学習の速さに少し驚いていた。
イザベルはリアムが書いた書類を読み、一部を手直しする。
リアムは既に意味の通る文章を書けるようになっているため、あとは書類に合わせてた丁寧語や比喩表現を覚えられれば十分だろう。
「ご主人様、ありがとうございます」
リアムはイザベルが手直しした書類を受け取り、目を通す。
リアムにとっては言葉とは自分の口からでるしゃべり言葉だけであった。
しかし、文字を学んだ今リアムの世界は大きく広がった。
身の回りにあるものが何を示すのか理解できるようになったのだ。
文字は絵ではない。
それを理解して初めて見る景色が変わるのだ。
「リアム、明日私は西の神殿へ向かう。ラウルに馬車を頼むが戻りはおそらく2日後になるだろう」
急な主人の不在の知らせにリアムは驚いた。
「…承知いたしました。…神殿には何用にて参るのでしょうか?」
リアムは不躾ではあるが、イザベルに尋ねる。
リアムは仕事柄イザベルと共に過ごす時間が最も多かった。
そのため、イザベルは作為的なことでなければ、ちょっとやそっとの事では怒りもしないし、罰を与えないことにも気づいていた。
「そうだな、お前たちが来てからこれが初めてだったな。…マルシャン家の者は邪を清浄化できる力を持っている。そのため2月に一度神殿にて邪を払う儀式をせねばならない」
淡々とイザベルは説明をするが、リアムにとっては何が何だかよく分からなかった。
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「留守を頼んだぞ」
次の日の朝一、ラウルの率いる馬車に乗り、イザベルは神殿へと向かっていった。
なぜか、リアムもルディもその時間に合わせ馬車の見送りに来ていた。
西の神殿へは馬車で1時間ほどである。
イザベルはこの神殿へ向かう時間は特に何もせずにただ馬車の窓から流れる風景を見つめるのが常であった。
神殿の門の前に馬車をつけ、ラウルがイザベルに手を差し伸べる。
イザベルは一瞬だけラウルの行動に驚いたが、何事もなかったようにその手を取って馬車から降りる。
「ラウル、迎えは2日後の同じ時間だ」
神殿の門の前でイザベルはラウルへと告げる。
「…ご主人様、大丈夫でしょうか?」
ラウルの案ずるような視線と言葉にイザベルは目を見開く。
かつての使用人たちには向けられたこない視線だった。
養母と養父が亡くなってから、誰かに心配されるという事は初めてだったのだ。
かつての長い時間を共に過ごした使用人でなく、つい最近出会ったばかりの奴隷に心配されるとはな。
ふと口元に微笑みを浮かべる。
「…問題ない。それよりもこの2日間は私の結界魔法が弱まる危険がある。屋敷の方を頼むぞ」
そう言ってイザベルは踵を返し、神殿の中へと入っていった。
GWあっという間に終わりますね…