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―温かい、とても温かい―
リアムは湯につかりながら思いを返す。
イザベル・マルシャンと名乗った新たな主人。
門の前で襲い掛かった男には、まるで凍り付くような冷たい視線を向けるのに。
口調から冷たい主人かと思っていたが、服も部屋も食べ物も
奴隷である俺たちに与えてくれるのはなぜなのだ?
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リアムは貧しい農村で生まれた家の末の子供であった。
食いぶちを減らすために、リアムは7歳の頃に親に売られ、そこからは彼は奴隷としての人生を生きてきた。
そしてリアムは今まで奴隷として、様々な主人に仕えた。
リアムの奴隷としての最初の仕事は鉱山で鉱石を掘る事だった。
力も弱い幼い子供であったリアムは仕事も遅く、何度も何度も罰として鞭を打たれた。
罰を与えられてもすぐに幼い子供が成長して大人のように力を増やせるわけでもなく、役に立たなかったリアムは新たな主人の元へと売られた。
その後、主人が変わるたびに荷運び、家畜の世話、様々な仕事をしてきた。
そして、ここに来る前に最後仕えた伯爵家の下働きとしての仕事が一番長く続いた。
強い力はいらないが、早朝から夜遅くまでその仕事は続く。
自分の業務以外に、奴隷ではない他の使用人たちの仕事まで押し付けられていたのだ。
それをこなすためには誰よりも早く起き、誰よりも遅くまで仕事をしなければいけなかった。
そして、奴隷であるリアムは他の使用人たちと比較しても圧倒的に少ない食事、自室などはなく、物置の一角で眠ることを命ぜられ、満足に睡眠をとる環境もなかった。
リアムにとって伯爵家での仕事は、鉱山にいた時よりも苦しかったかもしれない。
鉱山の仕事はすぐに罰を与えられたが、周りは同じ奴隷に囲まれ、仕事を押し付けられたり虐げられることもなかったのだから。
8年の間、リアムはその環境にい続けた。
奴隷でいる限りどんなに辛く苦しくても逃げることはできないのだ。
リアムはすべてを諦めた。
希望を持つことも、喜怒哀楽の感情を持つことも。夢を持つことも。
そんな事を想ったって、何も変わらない。
何一つ変えられないのだから。
しかしその苦しい生活の終わりはあっけなかった。
仕えていた伯爵家は国で禁じられている麻薬の売買で多額の資金を横領していたため、伯爵家自体の取りつぶしが行われ、使用人たちも解雇、奴隷であったリアムはパブロの経営する奴隷商館に買い取られた。
そして今日、イザベル・マルシャンにその身を買われた
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リアムは初めてだった
温かい風呂に入ることも、新品の清潔な服を着ることも、静かな1人の個室を与えられることも、当然のように食事を与えてもらえることも
そして、親ですら呼んでくれなかった自身の名前を呼んでもらえることも。
すべて、すべてがリアムにとっては初めての経験だった。
わからない。わからない、わからない。
今まで多くの主人に仕えてきたが、こんな事は初めてなのだ。
風呂に上がり、新品の衣服に身を通した後、顔を上げる。
視線の先には大きな鏡があった。
リアムは何年かぶりに、改めて自分の顔を見た
そうか、俺ってこんな顔をしていたのか