第6話 参上
「…………なんだったんだ、一体」
とある革命軍のリーダーが糞を漏らした事からその地位を追われた日の夜。
彼のすぐ下、言わば革命軍のNo.2に当たる男は、部下の報告を受けて自らがリーダーの地位に収まった事を知る。
元、副リーダーはリーダーが仲間達を伴って開いていた酒場での決起会には参加していなかった。その日は別任務にあたっており、リーダーの「醜態」を間近で見る事はなかった。
それはもう酷い醜態であったと聞く。酒の席でそのような失態を犯せば如何な勇猛なリーダーであるとは言え、持っている求心力の全てを失っても不思議ではない。
だが、一体何故そのような不可思議極まりない事に……。首を傾げるものの、それが事実であるならば仕方ない。疑いようにもそんな地獄のような光景を多くの仲間達が目撃していたのだ。信じるより他にない。
「…………だが、これは僥倖であったやも知れない」
副リーダーである男は独りごちる。
リーダーと出会ったのは数年前に遡る。その時は共に帝国軍打倒を掲げ、数多くの戦場を駆け巡る良き戦友であった。
しかし、そんな勇猛果敢なリーダーの姿も陰に飲まれ、今では変わってしまっていた。
数多くの仲間達が増えた事へのプレッシャーからか酒に溺れる日が増え、次第に同士である仲間への悪態が増え、時には暴力も振るった。だが、それだけならばまだ目を瞑れる。
許されなかったのは敵である帝国軍幹部との内通。多額の金を見返りに、リーダー業務の傍ら帝国軍への被害を最小限に抑えるよう計らっていた。先のゲリラ作戦も補給路を潰す筈が結局は帝国への被害は最小限に。それどころか目的をすり替え小さな村を潰し、その僅かな物資すらも奪っていた。
実のところ副リーダーは本日、リーダーと帝国の内通の証拠を握る為、奔走していたのだ。その証拠も押さえ、後はリーダーとの話し合いをと思っていた矢先の例の糞事件であった。
「とは言え……リーダーの悪事もここまで、か」
「――――気付いていたのか」
突如、背後から迫る声に身体を強張らせ、瞬時に剣を抜き、背後へと振り返る。
副リーダーが居たのは革命軍の持つアジト。しかも幾人もの警備を待機させた最上階にある部屋であった。
「な、何者だ!」
侵入者を告げる報告は何一つ無かった。これだけの警備をすり抜け、ここに静かに辿り着くなど余程の達人でなければ出来ない芸当……。剣を握る副リーダーの頬を汗が滴った。
そんな副リーダーの呼び声に応え、スッと暗闇から人影が躍り出る。
顔は見えないものの、シルエットからして男。その者は警戒を続けるリーダーを前に口を開いた。
「俺の名はベン。少しの間、失礼するぞ」
「扉の前には私の部下が居た筈! 殺したのか!?」
「俺は平和を何よりも愛する。故に殺してはいない。だが……、今頃はトイレに駆け込んでいる頃合いだろうな」
トイレ!? こいつ、まさか食事に下剤でも仕込んでいたのか!? いや、そうであれば私も同じ目に会ってる筈だ。一体どうやって……などと副リーダーが考える中、侵入者である男は先を続けた。
「まぁ慌てるな。俺はお前と同じ目的を持つ男とでも言おうか」
「私と同じ……? 革命者と言う事か?」
「いかにも。俺は糞の掃き溜めのような場所から這い上がり、やがては帝国を喰らうつもりだ」
「帝国そのものを!? まさかクーデターでも起こすつもりか? そのような事をそう簡単に起こせると本気で思っているか!?」
「本気さ。その証拠にまずは貴様らの組織にいる不穏分子を始末した」
「…………まさか、うちのリーダーをやったのは」
「いかにも、この俺だ」
男は大胆不敵に笑みを零した。
「俺の能力に逆らえる者はいない。いかに屈強な者であっても、始末する事は容易い」
「……うちのリーダーに何をしたのかはわからないが……、私も革命軍に席を置く者として、クーデターがいかなる苦難が待ち構えているか分かっているつもりだ。言っては何だがリーダーを殺ったくらいで帝国を打倒できると考えるのは些か考えが甘すぎると言わざるを−−−−」
「これでもまだそんな事を言ってられるか?」
男が右手をこちらに掲げたかと思えば、その手を軽く捻った。その途端、
「ふぐぅ!!!!! ぐお、ぐおおおおおおおおお!!!!」
壮絶な痛みが腹部を中心に襲い掛かってきた。
全身を悪寒と冷や汗が駆け巡る。少しでも気を許せば昨日、今日口にした食事全てをぶち撒けてしまいそうだった。下から。