異世界でもミントは地植えしてはいけません
それは良く晴れた、セミの鳴く8月の事。その男は公園でござを引いてソレを売っていた。
「いらっしゃい、いらっしゃい、安いヨ」
うっさんくさい笑顔を振りまきながら呼び込みを続ける男。あたりを見回すと他には誰もいない。明らかにターゲットは私である。
「そこの美人のおねーさン!どうこれ!安くしとくヨ!」
心無いことを口にしつつ、胡散臭い顔でウィンク…なんか耳もちょっととがってるし、こいつはやべえとしか感想はなかったわけであるが、その売っているものに関してはやや興味があった。
「…アップルミントの苗…?」
「おねーさンにはそう見えるのネ」
「…そう見える?」
「いんヤ、そうそうコレアップルミントの苗ヨ~!丈夫で枯れにくい!安くしとくヨ!」
「…本当に枯れにくいの?」
彼の言い回しは若干気になったけれども、持っている苗は確かにアップルミントだったし、葉も青々としてとても健康そうな苗である。これだったらもしかしたら家の『呪われし庭』でも育つかもしれない。
「…うちの庭、一度ミント全滅したのだけど…これはちゃんと育つかしら?」
「アンタ、ミント枯らすとか相当やばいネ…まあこれならかなり丈夫だし大丈夫ヨ!聞き分けもいいシ」
聞き分け…?さっきからなんだかよくわからない意味の言葉が混じるが、語尾や発音からおそらく外国の人だろう。なんか言葉を間違えたとかそういうことだと思う。
流石に育てたことのあるハーブは解るし、ヤバイ葉っぱとかでもなさそうだし、値段次第ではまあ買ってもいいのかもしれない…こんなゴザ引いて公園でハーブ売ってるくらいなんだから生活に困っているのだろう。
「…それいくら?」
「!!今ならお手頃価格の100エンだヨ!」
男はにこにこした顔をさらににっこりさせてその苗を差し出す。
(100円ならまあ安いか)そう思い財布から100円を取りその男の手に乗せた。
それと入れ替わる形で私の手にその苗がぽすん、と乗る。
「まいどあり…そしていってらっしゃイ!」
…いってらっしゃい?
どう考えても『いってらっしゃい』はおかしい。
そう考えた瞬間。それは妥当な挨拶だと解った。
文字通りに足元に穴が開き、落ちる。世界が暗転する。
もう、蝉の声も聞こえない。
…こうして私は所謂、流行りの異世界転移をされてしまったのだった。
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そして今に至る訳だが。
(どうしてこうなった…)
どこまでも続きそうな森の中。それが隠す空を仰ぎ見る。
私は今、異世界にいる。
「まあ御子様、こんな所にいらっしゃったのですね!」
鈴を転がす様な声とぱたぱたという足音に顔を向けると、にこにことした立って喋る犬…所謂ケモノっ娘がそこにいた。ヨークシャーテリアとプードルを掛け合わせたようなかわいらしい顔。130㎝くらいの身長で全身はクリーム色の毛で覆われている。
(知り合いのケモナーに見せたらさぞ歓喜乱舞するであろう可愛さだ)
私の住んでいた世界にケモノ娘は居ない。よってここは異世界である。
図らずも証明が完了してしまった。つらい。
「…えっと…マルエル…さん?」
「まあ、わたくしの事は気軽にマルエルとお呼び下さいませ」
彼女…多分彼女(申し訳ないがケモノ系の方の男女の区別スキルは私にはない)の名前はマルエル。どうやらこの世界に私を呼んだ張本人(巫女)との事。ちなみに私は滅びゆく世界を救うために呼びせられた世界樹の御子との事である。…但し、
「わたくしは御子様が必ずやモンスター達の未来を救ってくれると確信していますわ!」
つまり魔物側である。言うならば魔王軍である。むしろ多分私が(立場的には)魔王なのである。
ケモノ娘の巫女さんとか出てきた時点でお察しではあったが、どうやら魔物側の御子になってしまったようだ。
…まあそんなことはどうでもいい。
それよりも…コレだ。
「世界樹さまもご機嫌麗しゅう!すくすくと育っておられますね!」
そう、私を遥か見下ろすそれはあの件の『アップルミント』だったのである。
どのくらい見下ろしてるかというと、大体3メーターくらいはあるのではないかという育ちっぷり。
それがマルエルの声に反応してぐにりと動く。…あれ、どっかで見たことあるような気がしたけどフラワーなんとかじゃないか。音に反応してぐにぐに動く愉快なおもちゃ。
…たぶんご機嫌はいいだろう。なんかめっちゃ嬉しそうに動いてるように見えるし。
(あらためて…どうしてこうなった?)
なぜこうなったかはよくわからない。マルエルから話を聞くに、当分帰れそうもない様子なので、一緒に異世界移転をしてしまった可哀想なアップルミントをたまたま見つけた十円ハゲみたいに草が生えていない丸い土地に植えたら、途端ににょきにょきして、こうなった。
ミントという植物は確かに生命力旺盛だった気はしたのだが、ちょっとこれは度が過ぎる。草生える…いや、生えてるわ。
「なぜこのミ…いや、この植物はこんなに大きくなったのかしら?」
「はい、このサークルは世界の中心と言われていまして、大量のマナが集まる場所です」
「…マナ…」
…人の名前じゃなく?マナ…えーと、多分、業界用語(異世界)で魔法パワーとかそんなもんだろうか。
「はい!そして異世界から訪れし御子様が世界樹を植え、世界樹が育ち、世界を救う…という古から伝わりし場所なのです!」
「まさに伝説通り!すばらしいですね!」とマルエルはにこにこして言う姿を見ると、とてもじゃないが「そもそもこいつは樹じゃねえ、草だ!!」と真実を言う気にはなれない。もっと樹の様なものを植えればよかった…悪いことをした。
…ともかく、なんらかの魔法パワーがああいうことをしているのだというのは解った。しかしながらやたらでかい。このミントで何人分のモヒートが出来ることやら。
私が思わずアップルミントをじっと見つめると、きゃっと言って恥ずかしそうにもじもじしだした。
……きゃ?
『やだっ///そんなに見つめられると照れちゃいます/////』
「………マルエル、今の声聞こえた?」
「???なんの事でしょうか」
マルエルは不思議そうに首をかしげた。
どうやら幻聴らしい。そうだ、常識的に考えて植物の声など聞こえる訳が…
『…いま、貴方の脳内に直接話しかけています。…お水下さい』
(キエェェェェシャベッタアアアアア!??!)
脳内で喋るミントに対して、私は思わず『喋るおもちゃに対して叫ぶ子供の姿』を思い浮かべつつ、顔の表情筋は死んでいた。
学生の頃のあだ名(悪い方)は鉄仮面。若いころから無表情。
別に感情が無い訳ではない。表情筋が死んでいるだけだ。(二回目)
『もしもーし?無視しないでくださいよぅ』
(……まさか脳に種を埋め込まれたとか無いわよね?)
『やだなあ、そんな怖いことするわけないじゃないですか!ぷんぷん!』
ぷんぷんて…やや古い時代のぶりっ子かと思いつつ、脳内で会話してみる。出来る。
…コイツはたぶん、まあ十中八九…このぐねぐねしているアップルミントの意志だろう。
もしそうじゃなかったら、脳内で妄想と会話している痛い人である。
『まあ、異世界転移の際に魂は同化してしまいましたけど』
(………同化するとどうなる?)
なにか聞きづてならないようなことが脳内から聞こえた気がする。
魂の同化とかどう考えてもヤバい。嫌な予感しかしない。
『はい、私とあなたは一心同体です♡
生きるときも死ぬ時も一緒ですっ><
もちろん、考えてる事もつ・つ・ぬ・け☆
うふふ♡これから末永くよろしくお願いしますね♡』
「…うわぁ…絶対嫌…」
「み、御子様?」
「あ、ああ…マルエルの事でなくてね…」
「???」
…異世界転移も許す。(だがこのミントを寄越した男はぶん殴らせろ)
御子と言われて世界樹を育てるのもまあしょうがない。
だが、こんなテンションの高い奴の電波をしなくてはいけない事に頭を抱えている。
(…ああ、どうかこれが私の痛い妄想でありますように!)
…そう願いつつも現実は無常である。
水寄越せ!とポーズを取りながら脳内でギャーギャー騒ぐヤツ(世界樹)にため息をつきつつ、マルエルにバケツと水のくめそうな場所を聞くのだった。