人の子と竜
(‥‥‥生贄かぁ)
ザァァァっと降ってきた大雨の音を聞きつつ、僕は心の中でそうつぶやく。
まぁ、そんなのも悪くはないだろう。だって僕は、いらない子なのだから。
‥‥‥僕は元々、とある貴族家の長男であった。
優しい母に甘えつつ、育てられたいい思い出。でも、それは母が死んでから変わってしまった。
父が別の女の人を連れ込み、母の代わりとして領地を経営していく。
けれども、その経営はうまくいかず、いら立ったはけ口として暴力を振るわれた。
その別の女の人も男の子を生み、そっちを大事にして、僕の方は毎日のようにいらない子扱いされ‥‥‥気が付けば、もうそこは他人の家のような気しかしなかった。
そんなある日、領のとある場所に竜が住み着いたという話が入った。
うまく取りいることができれば、竜の力を持って領をどうにかできるかもしれないと、父が言った。
‥‥‥いや、無理じゃないかなそれ?
どう考えても具体策もないし、なんか抽象的過ぎて、むしろ怒りを買って滅ぼされる未来しか見えなかった。
が、僕には何も言えなかった。
ずっと体罰を与えられたり、成長してきた異母の息子のいじめにあったりして、声が出せなくなっていたのだから。
そしてどうするべきかと両親が考えに考えた挙句…‥‥その足りない頭で出た結果が、僕を生贄にしてご機嫌取りにしようという、お粗末すぎるものであった。
古今東西、竜とかは生贄を求めるとか言う話を聞いたようで、それが使えると思ったのだろう。
というか、虐待されて傷だらけの僕をそもそも食べるのかという疑問もあるが‥‥‥まぁ、もうそんなのは関係ない。
どうせ、ここにいてもいいことはないだろう。
だったらいっその事、僕を食べてもらって怒ってもらって、滅ぼしてもらえばいいだけだ。
ちょっと腹黒いかなと思いつつ、あれやこれやというまに逃げ出さないように縛られ、竜が住んでいるという領内の洞穴に置いて行かれ、『これ食べて手下になれ!!』という、いかにも頭の悪すぎる書置きをして奴らは去ったが…‥待っているうちに、雨が降り出した。
多分、置き去りにしてきた時には竜は留守にでもしていたのだろう。
帰ってきてくれればすぐに食べてくれると思うが、できれば早くしてほしい。
肌寒いし、ちょっと咳出てきたし、ぼうっとしてきたし…‥‥うん、食べるなら早くしてくれ‥‥‥
そう思いながら待っていたら、ようやく雨の中竜が戻ってきたようで、その影が見えてきた。
それを見て、ようやく食べてもらえると思い、僕はほっとして気を失うのであった‥‥‥‥
―――――――――――――――――
【‥‥‥おおぅ、何じゃ、コレ】
親元から離れ、自立生活を始めていた儂。
何かと最近、新しく作った住みか周辺で人間が騒いでおるなと思っていたのじゃが‥‥‥なんか、儂の前に童が眠りこけておった。
【ぬ?】
その近くには、何やらミミズがのたうち回ったような、へたくそかつ汚い字で短く文字が書かれており、非常に読みにくかったが‥‥‥その内容で、儂は察した。
この童、生贄とやらにされたやつか。
しかも、体の状態を見ればどうも虐待でも受けていたのかよろしくなく、心身がすでに深く傷つき、弱っているようじゃ。
‥‥‥というか、そもそも儂、生贄とか求めていないのじゃが。
竜社会、生贄は古すぎるうえに討伐対象にされる可能性もあり、人間どもからの押し付けなんじゃが。
まぁ、何にしてもこの童はこの近隣の人間どもにはいらない子扱いされているようじゃったし、このまま放置もできぬじゃろう。
【まぁ、いらぬなら貰っても文句はあるまい】
都合良いというか、儂自身、新しい巣を作って生活を始めたものの、まだまだつたない所はある。
ここは、小間使いというか、拾いもんなら儂がどう扱ってもいいし、この童を引き取ってもいいかもしれぬ。
そう思い、儂はこの童の弱った状態を癒す魔法を使いつつ、起床したらその話しをしてやろうと考え、先ほど狩ってきた獣の皮を剥ぎ、それで温まれるようにそっと被せてしまうことにするのであった。
―――――――――――――――――
「…‥‥竜師匠、いつまで寝ているんですか!!」
【むがぁ、もうちょっと、もうちょっと寝かせてくれなのじゃ】
昨日再建し直しの新しい巣の中で、丸くなって寝ている僕の師匠‥‥‥もとい、竜の師匠はそう答え、違う手段をとることにした。
「昨日作り立てのこの新しい巣、火の魔法で燃やしますよ!!」
【それは勘弁なのじゃ!?】
苦労して集めた、ふわふわな素材で作り上げた巣。
そこが放火されて失われたら堪ったものではないと言わんばかりに、竜師匠が起床する。
「なら、さっさと起きて食べてください!!今日の朝食は罠にかかっていた巨大蜘蛛の丸焼きです!!」
‥‥‥生贄にされてから、十年以上の年月が過ぎた。
あの日、起床して目の前にいた竜に驚愕していた時があったが、今ではただの寝坊助師匠にしか見えないのは、不思議である。
【むぅ、蜘蛛の丸焼きも中々じゃが‥‥‥お、なんか香りが違うのぅ。ただ焼いた手抜きではないな?】
「ええ、新しく作った薬草を香草として使い、味付けにもいくつか使いました」
もぐもぐと満足そうに食べる竜師匠に対して、僕はそう答える。
生贄を辞め、仕えないかと言われ、従ってみたのは良いのだが…‥‥どうやら、その判断は正しかったようだ。
竜師匠の寝床の整備なども大変だが、こうやって生活の糧になる魔法や、様々な知識を得られ、活用できているからね。
「あとは、この辺りでそろそろ巨大タケノコ熊が出てくるはずなので、狩っておいた方が良いですよ。保存すれば、熊肉が当分食い放題ですからね」
【おおぅ!!それはいいのぅ!!】
名もない竜故か、一応ここで暮らす以上はとりあえず師匠と呼べばいいと、適当に言った竜師匠。
力は確かにすごい竜ではあるが、ちょっと頭のねじが吹っ飛んでいるような‥‥‥いや、まぁそれは良いか。師匠は僕に、生きる力を教えてくれたのだから。
【では弟子よ!!熊狩りに出かけるとするか!!】
「はい!!」
朝食を食べ終えたばかりだというのに、熊肉の味を想像したのか、よだれを垂らす師匠の背中に乗せてもらい、僕等は熊を狩りに向かう。
奇妙な師弟関係のようだが、悪くもない。
あの最低最悪な家から抜け出せたし、こうやって毎日楽しく師匠と暮らせているからね。
「さてと、熊の罠も一応仕掛けておいて‥‥‥あっちの方と、あそこと、向こう側かな?師匠、頼みます」
【うむ!】
移動も楽だし、師匠と過ごして狩りで力を振るい、充実した生活ではあるだろう。
まぁ、師匠って結構大喰いだから、獲物の数がいるんだけどね…‥‥そこが大変と言えば大変か。師匠と共に狩るからまだいいけど。
罠を仕掛けた場所に向かいながらそう思っている中、師匠がふと口を開いた。
【お?弟子よ、あそこを見てみるのじゃ】
「ん?‥‥‥あれは」
かなり高い上空にいるけれども、師匠から教えてもらった千里眼の魔法を使えば、はるか下の方には何やらぼろぼろの騎士鎧をまとった者たちが、僕等の住まう洞窟を目指して進んでいた。
その集団の中には…‥‥忘れもしない、あの父親の顔があった。
あと、ついでのようにあの異母弟も、後から増えたっぽい良く分からぬ子供たちもいるようだが‥‥‥
「‥‥‥あの様子だと、やっぱり落ちぶれたんだね」
【起死回生の策というべきか、愚策を出したという風の噂はあったが…‥‥どうやら本当のようじゃったな】
‥‥‥僕が生贄に出されてから暫く経ったある日、父は王城の方に呼ばれたらしい。
で、そこで色々と何かがあったそうだが、とりあえず一つ言えるのは、父の爵位が没収されてしまって、監視が付いたそうなのである。
というのも、あの家‥‥‥というか、父の貴族位は本来は亡き母のもので、正式な位は僕が継ぐはずであり、成長するまでただの後継人という役だったらしい。
けれどもあの愚かな父はその事を頭から抜け落とし、僕がいなければあの異母とその子供に跡を継がせつつ、貴族でいられると考えていたそうだ。
色々と抜けているというか、稚拙なところが多いのだが、それがあの父の頭にあった杜撰すぎる計画。
だがしかし、貴族を統括しているこの国の国王が代替わりをしたそうで、貴族たちの詳細を調べ上げている中で、その情報が入ったようなのだ。
そして探って出てきたのは、正式な継承者である僕を生贄に差し出し、貴族位を簒奪したという事実。
貴族の位を簒奪するのは非常に重い罪らしく、本来なら死罪物ではあったそうだが…‥‥あの生き汚い腐れ切った父であった者は、何とか土下座など持てる限りの手を尽くしまくり、どうにか僕を家に戻せれば追放程度で済むように話を付けたようである。
とはいえ、生憎僕は生贄に出され、生死不明。
誰か代わりの者を使って騙そうとしても、きちんとそう言う記録が分かる道具が王城の方にあるらしく、偽物も使えない。
そう言う訳で、まずは生きているかどうかを探りだし‥‥‥何と僕が竜師匠の元で喰われずに生きていることを知ったそうな。
そこで討伐隊を組み、竜の元から僕を奪おうとしたが、生憎その前日にそのことを知った僕らが引っ越ししてもぬけの殻。
‥‥‥そして今、どうにか死罪を逃れるためにあちこちから借金しまくり金を貢ぎまくり、どうにかこうにか僕らの引っ越した先々へ来ては捕らえようとしているようだけど‥‥‥まぁ、無理だね。
というのも、流石に毎回来られるたびに引っ越すのも面倒なので、罠を仕掛けるようにしたんだもの。
僕らはかかることはなく、あの最悪愚物共限定にしたけれど‥‥‥おお、また見事にかかっていくね。
【ほぅ、あの花は確か強烈な臭みを持つやつじゃったな。開花と同時にぶっしゅわぁっと強烈な悪臭を吹きつけ‥‥‥そして穴に落として、こちらではスライム漬けか】
「金属を食べるスライムを入れましたからね。残り僅かな資産で買った武具も、あれでおしゃかです」
直接手を下し、命を奪うことはできるだろう。
でも、そんなことをしたらそれっきりになってしまうので、全部非殺傷性のものでやっているのだが‥‥‥こうも滑稽にすべての罠にかかっていく様子は大笑いしてしまう。
生贄を逃れたのに、笑い死にさせる気なのだろうかあの愚物たちは。
「ま、まぁ放置しておきましょう師匠!ここだと大笑いで死にそうになりますし、今は熊の方を狙いましょう!」
【それもそうじゃな!!】
華麗に罠にかかりまくっていく愚か者達をその場に残し、僕等は今日の予定を済ませるためにその場を後にする。
まぁ、あの者たちが、どうなろうとも僕は関係ないだろう。
今さら貴族の位を得てもいらないし、今は竜師匠と過ごす日々が一番いいのだ。
‥‥‥それから数日後。ついに、あの愚か者たちは国に捕縛され、死罪が決定したらしい。
ずっと国が放置していたのは、あの父から少しでも金をむしり取るためにやっていただけのようで、金で延命できていると見せかけて、実は裏でその手のあくどい金貸しを潰しつつ、父を破滅へ追い込むためだったのだとか。
貴族位に関しては、僕はいなかった者として処理され、領地は国のものにされたようだが、それでいい。
僕は、毎日師匠と過ごせるからね。
ああ、酷い家族だったけど、この日々を得ることができるチャンスをくれたことぐらいには、感謝しようかな‥‥‥?
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それから更に月日が経過し、竜の元で弟子として過ごした少年は、時々人里に現れて、軽く人助けを行っていた。
理由としては、ずっと過ごしている中で、師匠のための料理の幅を広げるために、知識を増やす目的があったのだとか。
そんな中で、とある魔物災害が起きた際に、その肉を求めて竜師匠と共に全てを討伐して、国から褒賞を与えたいという知らせが来たのは、また別のお話…‥‥
――完――
‥‥‥ここまでお読み下り、ありがとうございます。
彼らの愉快であったかもしれない日々は、機会があれば出したい‥‥‥かな?