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木星戦記  作者: 淡嶺雲
第一部
7/12

第7話

 十月四日、戦勝記念祝賀パーティーが紫禁城内迎賓館で催された。閣僚、枢密院議員、高級軍人をはじめとし、遠征に参加していた各将兵らも出席、また各国来賓の姿も見えた。

凛華は礼装に身を包んでいた。普段の軍服の上に長袍とマントを羽織り、中華風の礼帽を被り、大綬章を肩からたすき掛けに佩用している。

 会場に並べられた立食用食卓には料理が並べられている。参列者に配る葡萄酒の準備が出来た頃、帝国宰相・第二皇子劉明道の到着が伝えられた。

 春帝国皇族の礼装に身を包んだ青年が入り口の扉から入ってくる。背は高く、端正な顔つきに、好印象を与える雰囲気である。参列者は彼の方へ向かい両手を胸の前で合わせる。彼はそのまま凛華の所へ歩み寄ると、凛華は手を合わせたまま頭を下げて一礼した。

「今回はご苦労だったね。疲労の方は大丈夫かな」

劉明道はそう凛華に話しかけると、凛華は

「ご心配ありがとうございます。殿下こそ、お久しぶりにお会いして、お元気で何よりです」

 と笑顔で答えた。

それを合図のように参列者が礼を解くと、杯に入った葡萄酒が配られた。司会者である国防副大臣李伯銘がマイクを持って言う

「明道殿下がご到着なさったところで、乾杯とさせていただきたいと思います。皆様、手元の杯をお持ちください。

大春帝国の不朽と、皇帝陛下のご健康を願って、干杯(カンペイ)!」

「干杯!」

 大勢の声の唱和。飲み干す間をおいて、杯が床に叩きつけられて割れる音が各所より響いた。その音が収まり、再び会場に雑談の声が聞こえ始めると、明道は凛華に微笑を浮かべながら話しかけた。

「いやあ、君に大任を押しつけてしまって申し訳なかったね。結果として勝てたからいいけれど、実際僕は気が気でなくて」

「殿下のご心配はごもっともだと思いますわ。今回勝てたのも運が重なってのこと。彼の助けもあってのことです」と謙虚そうにいい、隣の光一郎を指さした。

「君が榊光一郎君だね」明道は光一郎に微笑みながら話しかける。

「そうです、殿下」と光一郎は敬礼をして答える。

「凛華がお世話になったね」

「いえ、私の方こそ迷惑をおかけしたかと思います。それに、いろいろと勉強にもなりました」

「明道殿下に曹将軍、この度はおめでとうございます!」

 そう声がして振り向くと一人の男が立っており、その雰囲気からして人民議会の議員かと思えた。

「曹将軍におかれましては少将の位に昇進せられ、お父上も枢密院副議長に除せられ、曹家は万世に安泰と言うところでしょうな!」

 そのように彼はうやうやしい挨拶を二人にすると、笑顔で立ち去った。

 凛華はその態度と言動に嫌悪感を覚えた。政治家ってこんなもんなんだろうかと思った。自分が他人の不幸を利用して出世したのを揶揄されたような気になった。

「彼は確か人民議会の国防委員だったかな」明道は言う「僕には反対する立場を取っていたはずだけど。戦争後、態度を変えたみたいだ」

「反殿下派だったんですか」

「そう」

 凛華は顔を明道の耳元に近づけると、小声で言った。

「先ほどの彼の発言は馬元らを処罰した殿下に対する揶揄ともとれますが。名誉職の筆頭国務大臣にらず、帝国宰相、そして国防大臣となったことが気に食わないのでしょうか」

「彼がそこまで考えているかは分からないけど、別に僕に反対するのは構わない。でも馬元は国家への反逆者だったわけだから、その処罰に異論を唱えるのはおかしい」そう答えて彼は小声で続けた。「ここだけの話、李道を焚きつけて反乱を決行させたのは馬元自身だそうだ」

「確かにつけいる隙がありそうでした」

「李道の性格上ね」

 そのように二人が話をしているそばで、光一郎は一歩退いて立っていた。春王朝の内政に関する話には介入しないようにしようと思ってのことであったが、不意に世均に背を叩かれて話しかけられた。

「どうした? まるでいつもの話し相手を取られたという雰囲気じゃないか」

「そういうのじゃないですよ」

「焼きもち焼いているとか?」世均はにやりと笑う。

「ちがいますって」

 そのようなやりとりが聞こえたのか、明道はちらりと光一郎に目をやると、何かを思い出し、話題の転換を行った。

「ところで、十月の下旬にウィーンで国際会議があるんだが、それに武官としてついて来てもらいたいんだけどね」

「喜んでお供します」

「それとね」と言うと彼は凛華の後ろに立っていた光一郎を指さした「榊君、君も来るように」

「はっ、自分もですか?」驚いて問い返した。凛華もそれは少し予想外だったらしく、光一郎の方を振り返り、世均は目を丸くしていた。

「EUの方が君に来て欲しいと言ってるんだよ」

「どうしてでしょうか?」

「さあ、分からないよ」と明道は肩をすくめた「でも、向こうの海軍元帥閣下から直々のお達しだからね」

「海軍元帥?」

「レオポルド・ハインリヒ・ルーデンドルフ閣下」

「ルーデンドルフ閣下……」彼はその名に聞き覚えがあるような気がした。もちろんEUの高級軍人である彼自身のことは知っているが、彼が招聘される理由はそこから見いだせない。しかしその名はもっと身近なところで別に聞き覚えのあったはずだ。

 彼ははっと思い出した。数年前、その名を聞いていたことを。その時はまだルーデンドルフ元帥は中将位であり、名を知らなかったため、自分は記憶していなかったのだろう。しかし、彼女は祖父の名を確かにそう言っていた。しかも軍人だと言っていたではなかったのか。同姓同名の可能性もなしではないが、こちらの解釈が大いにありうる。

 彼は一切を了解したように明道の方を向くと敬礼して「了解しました」と命を受けた。明道はにこりと笑うと、踵を返して、外国来賓の席の方へ向かっていった。

「ねえ、どういうこと?」明道が去ったのを確認すると凛華が光一郎に尋ねた。

「何がですか?」

「もちろんルーデンドルフ元帥に招待された件だよ」と世均が代わりにその問いに答える。

「ああ、あれですか」彼は微笑を浮かべた。

「何か全てを分かったような顔ね。教えて頂戴」

「いや、人違いじゃなきゃいいんですけど」

「どういう意味?」

「向こうへ行けばすぐ分かりますよ」

 そう言うと彼は微笑を浮かべたまま手に持っていたワインを口につけた。世均はやはり知りたいと彼に教えるようもう一度頼んだが無理とわかり諦めると興味を食事の方に移した。凛華は何か腑に落ちない様子を示し、彼のことを横目で見ながら、側のテーブルから皿を取ったのであった。


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