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木星戦記  作者: 淡嶺雲
第一部
6/12

第6話

 反乱には理由があり、それが義から出たものであることもある。それが成功すれば指導者は英雄と呼ばれるが、敗北すれば歴史は彼に反逆者の烙印を押す。そして、李道もその一人であった。

彼が軍大学に在籍したとき、庚戌の政変が勃発、三代皇帝光昭帝は廃位され、征和帝が即位した。彼自身はこれを逆賊敵行為と考えていたが、それを口には出さなかった。首が飛ぶのは恐ろしかった。しかし彼は、先帝への忠誠を捨ててはいなかった。

 そして水星に派遣されることとなった彼に、時の国防大臣馬元は呟いた。先帝陛下に報いる気はないか、と。

 馬元は続けてこういった。本当はあのお方が至高の座におわし、国政は我々が握るはずだった。しかし実際はどうだ、あの小僧が全てを取り仕切っている。我々は地球で準備を進めよう。君は政府の意識を水星に集中させるのだ。その間に我々は行動しよう。

 李道は頷いた。

 計画は綿密に練られた。彼は兵力確保のため項峰銘をふたたび雇うこととなった。そのためには多額の資金調達が必要であった。政務次官ダワドルジ・エンフバヤルはその任を買って出たが、それは水星の農園プランテーションの総督府荘園化に他ならなかった。彼はそれを黙認した。

 戦力は不足していたが、項峰銘がいれば十分派遣軍を相手に出来ると考えていた。さすがに巡洋艦三隻と駆逐艦二隻では不安ではあったが、二二三八年には戦艦ティアマトの配備が予定されていた。そうすれば総兵力の点でも派遣軍と対等に戦えうるだろう。

 しかし、本国政府の反応は早かった。計画の漏洩があったかどうかは分からないが、劉明道は彼を汚職の嫌疑で罷免した。彼は、四隻の正規艦で地球に戦争を挑むことを余儀なくされた。帰順を拒否した巡洋艦マルセイユは開戦時に沈められていたからである。

 ほどなく、水星はハイパーインフレに襲われた。開戦と同時に水星の通貨・水星ドルを保有していた投資家は一気に売りに転じ、その価値は暴落したのである。数週間のうちにその価値は対米ドル比にして百億分の一となった。

そして更に水星と地球の交易が絶たれたため、地球に輸出していたはずの穀物や工業製品が大量の余剰生産物となった。さらに地球からの様々な生活必需品や水星では栽培不可能な作物の輸入が断たれた。生活用品は高騰し、水星ドルの暴落と併せて、その影響は甚大であった。 

 そのことに気づいたとき水星の市民は怒りの矛先を元総督李道に向けた。彼らに最後の押しをしたのは曹凛華によって撃破された戦闘艦であったといい、首都ブルーノ市からもよく見えた。市民は恐れおののき、じきにそれは怒りの爆発へと変わった。武器を持った民衆が総督府前に押し寄せた。守衛をしていた傭兵たちは矛を逆さにして彼らを迎えたという。

 傭兵も李道を裏切ったのである。

 傭兵の裏切りにおける最大の理由は報酬の支払いを巡る対立があったことであり、傭兵は正当な報酬を求めたのに対し、李道は水星ドルでの支払いを行ったのであった。かれは自らが命を賭けて戦うに値する男ではなかったと誰もが思った。仲間の死を見て、怒りはやはり曹凛華ではなく李道に向けられた。

民衆は総督府に突入した。彼はその麾下部隊に防戦を支持したが、傭兵は裏切った。彼はすぐそばにいた傭兵により射殺された。死体は市内を引きずり回されたあげく、広場に吊され晒された。

捷報が届き、首都北京が沸き返っている頃、政府内には反対に青ざめている人物が多数いた。クーデター計画を知るものは李道、馬元の他は数名のみであったが、李道の所有していた文書が回収されるや、この計画は明るみに出た。計画ではクーデターに成功後は劉明道らを処刑、征和帝を退位させ、現在アメリカに亡命中の光昭帝の第二子を帝位に就ける算段であった。

 この反乱計画の関係者として、国防大臣馬元及び高級軍人五名、三名の閣僚、枢密院議員二名が逮捕された。

 彼らの罪状は以下である。李道に協力した罪。国内でのクーデターを画策した罪。劉明道ら、つまり皇族に対する大逆罪。これにより馬元を含む二名が死刑、二名が宮刑、七名が国外追放の処分を受けた。

 空席となった国防長官のポストは一時的に劉明道が兼任することとなった。これで彼は、帝国宰相、筆頭国務大臣、そして国防大臣の三職を兼任することとなった。また、曹凛華の父、宝幸は枢密院副議長の席を与えられた。

 凛華は水星の降伏調印後、ブルーノ市長を臨時総督に任命し水星の治安回復を図った後、六月に地球への帰還の途についた。

 地球で彼らを迎えたのは民衆の歓呼であり、牡丹一位勲章を授与され、少将の位を与えられた。九月二十一日、天安門通で凱旋式が執り行われた。

 当初、建国以来の華美を極めた式典も提案されたが、政府高官や高級軍人の処罰が重なったため、その規模は予定よりも縮小された。しかし建国以来最も盛大な凱旋式であったことに変わりはなく、当時の人々の伝えるところによると、古代の名将を彷彿させるがごとく、霍去病将軍の再来か、とも言われたという。

 前衛の部隊が通過した後現れたのは、古風の四頭の白馬に牽かれた馬車であり、それには曹凛華が乗っていた。その周りを護衛の装甲車が固め、その背後に孫天祥や榊光一郎、伊世均らの乗る車両が続いた。

 道の両脇には国旗である紅色牡丹旗の手旗を持った群衆がひしめき、「曹将軍万歳」「大春帝国万歳」の歓呼が天を突き、その勢いは軍楽隊の演奏をかき消していた。

 凛華は馬車の窓から身を乗り出して群衆の歓呼に応え手を振っていた。馬車は天安門前に到着すると一旦停止し、向きを変え、門をくぐって紫禁城内へと向かった。凛華は、皇帝に拝謁後、牡丹一位勲章の授賞式が執り行われ、皇帝臨席の晩餐会に出席した。


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