第4話
突貫的ともいえた訓練を終え第二艦隊が水星への旅路についたのは二二三八年三月一五日であり、折しもこの日は春帝国皇帝即位記念日であった。艦隊編成は以下の通り。
戦艦白虎(旗艦) 司令官 曹凛華准将
巡洋艦武漢
巡洋艦瑞金
駆逐艦天漢
駆逐艦白頭山
カンチェンジュンガ級強襲輸送艦二隻
輸送艦玉康
出発に先立ち一三日、壮行式が行われた。式場を兼ねている第一食堂へ礼装をして全員集合すると、大スクリーンにまず地球連邦最高評議会議長が映し出され、訓辞を行った。続いて映し出されたのは春帝国の宮廷内であり、奥に見える御簾の後ろに人影が見えた。先と少し雰囲気が変わり、曹を始め周囲の人間は直立不動である。彼こそが春帝国四代皇帝・征和帝である。
「艦隊の出撃を命ず」
御簾の奥より低い声が聞こえた。曹提督らは、両手を胸の前で組んで頭を下げた。拝命の際の礼である。そして全員に紹興酒の入った杯が配られた。曹提督は杯を掲げると
「皇帝陛下のご健康と、我が軍の勝利を願って、干杯!」と叫び、あおると、杯を床に叩きつけた。周囲も一斉に倣った。食堂中に杯の割れる音が響いた。榊光一郎もそうした一人であった。感じたことのない高揚感と一体感が彼を包んでいた。
一五日〇七〇〇時、東半球航空司令部より艦隊の出港許可が出る。艦隊は各々母港である第三軌道ステーションより離れると、徐々に高度を上げた。各艦の間隔が安全値に達すると、核融合炉に火が灯される。
〇八〇〇時、核融合炉内の反応速度が最高レベルに達した旨が機関長から報告される。他の船でも同様であった。
「主エンジン点火」
凛華が命じると、〇八〇五時、各艦は一斉に噴射を行った。高温のプラズマの尾を引きつつ、艦隊は加速を開始する。目標速度に達するまで、加速は止まらない。艦隊が噴射を停止し、慣性飛行に移ったのは一七日の〇二〇〇時のことである。水星まで三週間の道のりであった。
水星までの道のりは長いようで短く、為すべきことは山のようにあった。艦隊の士気は初の外征とあって高かったが、練度の方は低く、実戦を経験しておらず、果たして戦闘に耐えうるかは司令長官曹凛華自身疑問であった。航行中もシミュレーション・プログラムを用いた演習が繰り返された。水星についての多くの情報が逐次流れ込んでくる。それに合わせて作戦も練っていかねばならない。水星の地形図も頭にたたき込んだ。
「後は敵の出方次第か。できれば戦わず降伏してくれればいいんだけどね」と凛華は副官にもらした。
「それは難しいと思いますよ」と光一郎は答える「彼らはすでに連邦の巡洋艦を一隻沈めているんです。剣を捨てることはできないでしょう」
「分かっているよ、言ってみただけ」と彼女は肘をついて言う「にしても水星に駐屯するのは一個軍団、軍艦の保有は正規戦闘艦だけなら四隻。戦艦ティアマトの派遣は来年の予定。もし地球連邦が総力を挙げて反乱の鎮圧に出れば勝ち目はないことは分かっている。なぜ反乱なんて起こしたのかな、それに情報部からの連絡では水星軍の大半は李道への忠誠を拒否しているというし」
「傭兵を雇っている、ということですか」
「諜報員の報告からすると間違いないよ。そうでなくちゃ戦いようがないから。実際、彼の着服した金の一部がそういうルートから出てきた、という報告もあるし」
「また少し面倒なことになりそうですね」
「はあ」と凛華は溜息をつき脱いだベレー帽を机の上に置いた。
「李道の豹変ぶりが全く不可解だね。まともにやってれば可もなく不可もない任期を全うできたかも知れないのに」
「それは同感です」
「でも今は彼は反逆者。いかなる理由があろうともね」
彼女はそう呟いて再び水星の地図を眺め始めた。彼女が情報の整理を始めたため、光一郎は敬礼をした後長官室から退いた。