表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
木星戦記  作者: 淡嶺雲
第一部
3/12

第3話

 太陽系社会を震撼させた初の惑星間戦争――『水星動乱』(中国における呼称は『李道の乱』である)が勃発したのは太陽系標準時・西暦二二三七年十月十六日であった。水星総督李道は罷免の知らせを受け取ると地球向けの穀物と天然資源の輸出の停止、銀行口座の凍結を通達。宇宙船の離着陸を禁止、地球向けの通信チャンネルをすべて封鎖した。事実上の独立宣言であった。更に同時に総督直属の軍が主要施設を制圧した。

 そもそも彼が罷免されたのは水星公有地の荘園化、献金問題、そして自派を総督府において過度に優遇したという事実が重なってのものであった。この彼の態度が彼の地球にいたときの穏やかそうな性格とは相容れないものであっただけに、多くの人の頭を悩ましていた。三次軌道戦争にあっては大本営参謀として米軍を撃破し、新疆総督にあってはトルキスタンの叛乱の鎮圧に功を上げた人物である。皇帝の寵愛も厚く、彼の変節ぶりは理解しがたかった。 

 この水星の独立にもっとも反発を示したのは中国であった。この国は国内で消費する電力の一割を水星の太陽光発電所からのマイクロ波による送電に依存しており、また水星人口の半数に当たる二千万人が中国からの移民かその子孫であったのである。外惑星が米国、ロシア、ヨーロッパ連邦によって開拓された一方で、中国は内惑星へと遠征を行ったという歴史があった。

 十七日午後、ブリュッセルにおいて地球連邦最高評議会が李道の行為への対処を巡り開幕した。はじめは対話による解決が模索され、水星軌道上にいた地球連邦巡洋艦マルセイユが交渉のため降下した。マルセイユの撃墜が報告されたのは十八日未明であった。この事件は宣戦布告として受け取られた。評議会はこれを反乱と認め、討伐軍が派遣されることとなった。伝えられるところによると、中国全権代表は中国軍の派遣を提案したという。米国とロシアは反発した。会議は紛糾したが、二日後、ケスキネン評議会議長への全権委任が全会一致で認められ、彼は中国の提案を受け入れた。そして二七日、第二艦隊に出撃の勅命が下ったのであった。


「勅令第三六七号。第二艦隊は出撃し、水星の反乱軍を制圧、事態を収拾すべし

一、艦隊の出撃は征和二九年二月一日~六月三〇日までの期間になされるものとする

二、艦隊司令官に曹凛華を任ず

征和二八年十月二七日  御名 御璽」


 曹准将は勅令の文句を読み上げた後、溜息をついて書類をデスクの上に放り出した。いくら楽天的な性格を備えていても、この命令には明らかに当惑せざるを得ない。

「陛下も無茶をおっしゃる。この艦隊に遠征し反乱軍を討てとのご命令だそうよ」

「では命令を受けないのですか?」と榊は尋ねた。

「そういうわけにもいかないわ。ただの政令ならまだしも、勅令ならね。でもどうにかなるかもしれないわ。情報によれば明道殿下は私の派遣には反対したとも聞いてる。第一艦隊を再編して派遣すべしとおっしゃったそうよ。たぶん私を派遣しようと陛下に進言した連中は厄介払いが目的なんでしょう。軍の上の方には私を妬んでいる人が多くいるっていうし、枢密院内にも私の父を失脚させようとしている一派もあるとか」

「でも水星は中国にとって重要な土地でしょう」榊は聞き返す「そこへ実践経験のない部隊を派遣するのはどういうことでしょうかね」

「その辺は私の能力を評価してるのかな?」と皮肉な笑みを浮かべながら彼女は答えた。「ただしこの能力は孫艦長を含めてのものだけど。私は模擬戦では確かに負けたことはないけど、実戦経験はない。艦長はれっきとした砲火をくぐり抜けた軍人。もっとも、アレを除けばここ二十年宇宙空間で戦闘なんてなかったし、実戦経験のある人間は希少ね。そう、あとこれ」

 そう言うと彼女は引き出しから一枚の書類を取り出して光一郎に渡した。

「外務省経由で来た書類。今回、大尉も副官として水星までお供するように、と言うことらしいけど。小耳に挟んだ噂じゃうちの国防省の方からそっちに依頼があったとか」

「解せませんね」光一郎は紙を見て首をかしげながら答える「確かに自分は今閣下の副官という任を仰せつかっていますが、実際の派兵でもついて行くとは。それに自分が役に立つとも思えませんし」

「アルテミス号事件」

 凛華がその言葉を口に出した時、光一郎は紙から目を上げ凛華の顔を見つめた。

「ちょっと調べさせてもらってね。あの事件の時、乗客の救助の指揮を執ったのは少尉だった小榊じゃない」

「それが買われた要因だと?」

「多分ね。あの状況から生存者を全員助け出すとはたいした芸当だよ」

「いえ、あれは隊の他の人たちのおかげですし、それにあるドイツ人少女が……」

「たいしたものだって。孫艦長だって月軌道事変の時……」

 そこまで言って彼女は口をつぐんだ。ちょうどドアが開いて孫艦長本人が入ってきたからであった。艦長もあまり機嫌の良さそうな顔をしてはいなかった。話を少し聞かれたか、と思ったが、その不機嫌の原因は派兵のためにあると分かった。彼は皇帝の勅命が議会でも大きな賛同を得たことを示す書類をもってきていた。

「……とにかく、大尉は水星までついてきてもらうことになったから」

「ええ」と光一郎は返すと艦長の書類を横目で見た。「政治家も賛同してるわけですね」

 艦長が頷く。凛華は書類を受け取り目をざっと通し言った「多分この議員らは軍事のことなんて分かっていたいと思うよ。そういえば、しかし、あれだね。君の国じゃあ政治家が軍事も決める訳だろう。それはどう思ってるの?」

「文民統治は三百年来の我が国の原則です」と光一郎は答える「軍人は政府の決定に意見を挟んではいけないということです」

「政治と軍事を君の国では混同しているの?」

「政治が軍事を包括しているんです。そしてその全ての指揮を執るのは文官です」

「うちの国じゃあトップは軍事・政治のともにトップだからね」と凛華は溜息を漏らした。それが彼女の国に対してのものなのか、それとも相手の国に対してのものなのかはよく分からなかった。「議会は立法府と言うよりはただの協賛機関だし。権力を握っているのは枢密院。帝国宰相の位だって、劉明道殿下がついているんだ。皇族がつく名誉職の筆頭国務大臣と兼任してね。形だけ民主主義しているようなものだよ。それを悪いとは思わないけどね」

 彼女は、ふふっ、と皮肉めいた微笑をした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ