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木星戦記  作者: 淡嶺雲
第一部
2/12

第2話

 明後日、月への出発に先立ち、光一郎はブリッジの戦闘司令室(CIC)に入る。船の得る情報はすべてここ一カ所に集約される、いわば神経中枢的な機能を有する部屋である。

前と左右の壁、天井は巨大なモニターとなっており、船外カメラを元にした映像が映し出されている。壁に沿って計器パネル、そして座席が据えられ、艦長を始め航海長や砲術長をはじめとする要員が座っていた。

司令室の中央には司令官用の席が据えられ、その側にあつらえられた座席が副官用である。凛華と光一郎は座席に座ると、シートベルトを締めた。


 第二艦隊は旗艦を戦艦白虎、それに加えて巡洋艦武漢、瑞金、駆逐艦泰山、天漢を主力とし、それに適宜輸送船団が加えられる。第一艦隊を構成する巡洋艦大連などは地球―月軌道上における運用を主眼に置いて設計されているため、月への着陸能力を有すが、惑星間航行には適さない。一方第二艦隊は惑星間航行のため新設された艦隊であり、惑星への降下手段は別に運搬するしかない。米露日は機動歩兵というかつての空挺兵に例えられる奇襲降下部隊を有していたが、中国の配備はまだだった。代わりに旧式の強襲艇を輸送艦で運ぶ。今回の月での訓練は着陸部隊の降下訓練であった。

 一〇〇〇時、中国宇宙軍本部より東半球航空司令部を通じて月への艦隊移動許可が出る。地球をもう一周したのち、一一〇〇時、艦隊の八隻は一斉に噴射を行い月への軌道に移行した。月までは約五時間、一五四〇時、逆噴射を行い月周回軌道に投入された。

 

 月は地球連邦初の惑星外植民地として繁栄しており、地球の西半球のエネルギー需要は月に大きく依存していた。採掘された鉱石や栽培された穀物は、マスドライバーにより月から地球へと輸送される。

月への植民が始まったのは二一世紀半ばのことであり、当初は富裕階級の老後の移住先として注目を集めた。月面の開発が進むにつれ、技術者などだけでなく、出稼ぎ労働者なども多く流入することになった。初の月生まれが誕生したのは二一世紀末のことであったという。その子供が地球の重力には耐えられないことを悟った親は月での永住を決意した。このような夫婦が増えるにつれ、月の人口は移住によらずとも自然増加をたどった。低重力が老化を遅らせる効果も手伝った。

 初の入植から二世紀を経て、現在月の人口は三億人に迫ろうとしており、その四分の一が月首都コペルニクス市とその周辺に集中していた。月政府は、二二一八年には自治権を獲得し、地球連邦最高評議会の準理事国となっていた。

 今回、第二艦隊が訓練を行うのは嵐の海である。その渚、カルパティア山脈の麓の軍事基地嫦娥(チャンア)の演習場が用いられる。

翌日より降下訓練の準備を行う旨が凛華より伝達されると、夕食となった。食堂で自分の席について食事を取っていると、凛華が何時ものような微笑を浮かべてやってきた。

「明日からの活動、楽しみにしてるよ」

 凛華は光一郎の肩に手を置き話しかける。光一郎は「ご期待にそえるか分かりませんが」と返し、「それはそうと、どうして今回降下訓練をするわけですか? 確か予定が繰り上げになってこの度の訓練になったと聞いていますが」

「それは我々の考えることじゃないよ。上には上の考えがあって今回訓練をするようにしたんだろう。やらないよりはいいでしょ」そう答えて今度は光一郎の隣に座っていた世均に話しかけた

「伊少佐、そのリモコン取ってもらえる?」とテレビのリモコンを指さした。「どうぞ、将軍」と彼は自分の右手前方にあったそれを渡した。

「ありがとう。もう始まってるかな」

 彼女はそう言ってチャンネルを変えると、画面は野球中継に切り替わった。

「野球ですか」と世均。

「うん。そう言えば大尉の故郷じゃ盛んだったかな」

「ええ、まあ」

 彼女は両腕を組むと、二人の席の後ろに立ったまま試合を見始めた。少し経って、画面の端に速報として水星総督李道罷免とのテロップが出るのが見えた。

「李道、か」と凛華が少し不思議そうな顔をした「一度会ったことあるけど、あんまりぱっとしないような人だったわ。いい人っぽかったけど」

「『公的資金を着服』とありますね」と世均がいう。

「そんな風な人には見えなかったけどね」

「李道総督の噂は聞いたことあります」と光一郎。「水星への赴任前と赴任後では行動や発言に一貫性がない、まるで人格が変わったようだ、ともいわれていました」

「水星の風土病にあてられた、っていう噂もありますけれど」

 世均が呟く。光一郎が吹き出すように答える。

「風土病って……確かに放射線量は地球の比じゃないですけれど……」

「まあ、これは我々の仕事じゃないさ。官僚や政治家の対処する仕事だよ」

彼女はそう言うと、再び野球の鑑賞に戻った。

光一郎は食事を終えた後、しばらく野球を見ていたが、明日に備えようと思い、席を辞すと、シャワーを浴び、消灯時間通りに床についた。

 翌日朝、目覚めて顔を洗った後歯を磨きながら電子新聞を読むと李道の件が報道されていた。軍服を着て朝食会場に向かおうとしたとき、突然光一郎に長官室まで出向くように艦内放送があった。朝から何があったかと思い彼は自室を飛び出した。

長官室には曹准将の他艦長、副艦長、参謀長、航海長などが揃っており、重たい空気が流れていた。ただ事ではないと直感的に感じ取った。准将には笑顔はなく、深刻そうな顔をしていた。入り口付近で棒立ちになった榊大尉をしばし見つめた後、口を開いた。

「平時だから何もなしでこの交換留学もすみそうだと思ってたけど、どうもそうはいかないようね」

 とっさに彼は自分が何かをしでかしたのかと思った。続けて彼女が発した言葉によりその不安は消えたが、代わりに与えられた驚愕は大きかった。

「今、本国から連絡があったの。李道が叛した。地球に戦争を仕掛けるつもりみたい」

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