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木星戦記  作者: 淡嶺雲
第二部
12/12

第12話

 『木星産シメジとモヤシの水星産オリーブオイル炒め』は地球連邦木星方面軍においても一般的な食事である。それにカリストでとれたジャガイモを茹でたものを合わせたものが、その日のアマルナ師団の夕食であった。エーデルシュタイン中尉はいつものように一人で食事を取っていた。木星赴任より一月余り経ったが、仲の良い同僚というのは未だいなかった。彼女の場合、友人がいないというのは士官学校時代からよりそうであったのであるが。

 ジャガイモにフォークをさしたところで向かい側の席に誰かが座った。顔を上げればカールした茶髪で自分と同年齢か少し上くらいの女子士官がにやりとしてこちらをみていた。同じ連隊で見たことある、とソフィアは思った。

「ここ、いいかしら」相手は尋ねる。ソフィアは少しためらいがちであったが、少し頷いた。

「あなた、一月前に地球から来たのよね。私、アルベルチーヌ・レヴィっていうの。あなたは?」

 ソフィアは俯き加減に答える「……ソフィア・アレクサンドラ・フォン・エーデルシュタイン。ザルツブルク生まれ……」

「そう、ソフィー、よろしく」とアルベルチーヌはにこやかに腕を伸ばし握手を求めた。ソフィアは少しためらったが、手を伸ばした。握手をする。少しソフィアはどっとした。うつむき加減の自分の目から見えた相手はにこやかに微笑んでいた。彼女は顔を上げた。

「さ、いただきます」とアルベルチーヌは皿の炒め物を食べ始める。「私、メンフィス市の出身なの。十四年生まれ」メンフィス市はガニメデ最大の都市であり、その人口は首都テル・エル・アマルナを超える。

「……ということは、私より二つ年上……」

「へえ、十六年生まれなの? ふうん、じゃあ、ソフィーは出身は何処?」

「ザルツブルクです」

「というと……ドイツ?」

「オーストリアです」

「へえ、オーストリアねえ……」と咀嚼しながら言い、飲み込むと、続けて「私は地球に行ったこと無いけれど、そこってどんなトコ?」と聞く。

「文化遺産が多い。ザルツァハ川流域です」

「川」とアルベルチーヌは溜息。「ほら、ガニメデって川無いから、写真でしか見たこと無いのよね。海とかもない。地球のそういうところで水遊びするのが昔からの夢だったりするの」

 ただそれが叶わぬ願いであることは口には出さぬが承知していた。ガニメデの重力下で育った人間は、地球上では立っているのがやっとである。訓練を受けていても、動き回ることは不可能である。

「行ってみたいなあ。何処までも青い海とか空とか。どのくらい青いのかしら。貴女の目と同じくらい?」彼女はソフィアの眼鏡の奥に見える瞳を見つめながら呟いてみた。ソフィアは恥ずかしかったのか少し紅潮してぷいと横を向いてしまった。ショートカットの金髪が揺れた。

「ごめん」

ソフィアが恥ずかしそうにゆっくり視線を戻すとアルベルチーヌはそう呟いて、食事を再開した。そこで気づいたことであったが、彼女はこの席に来た時点で既に食事を食べかけであったようであり、すぐに食事を終えていた。ソフィアはまだ皿に芋を少し残していた。彼女は「ちょっと待ってて」といい食器の載った盆をもって立ち上がった。返却口の法へ向かったようであった。二分ほど後、ソフィアが食べ終わった頃、アルベルチーヌが湯気の立った紙コップを二つ持って帰ってきた。

「はい、奢り」とコーヒーを渡す。

「え、あ、ありがとうございます」とソフィア。

「いいよ」とアルベルチーヌはもとの席に腰を下ろした。「コーヒーで良かったかしら」

 紅茶の方が好きだ、とは言わない。こくりと頷いた。それを見てアルベルチーヌは微笑む。

「……私、海は苦手」ソフィアが両手で持った湯気の立つカップを見つめながら呟く

「海じゃなくてもいいよ」

「山なら、行った。アルプス」

「アルプスね」彼女は雪を頂く山の尾根と青い空を連想した。「山でもいいよ。また今度でもいいし、地球の話、聞かせて」

ソフィアはこくりと頷いた。アルベルチーヌは時計をちらりと見た。

「コーヒー飲み終わったら行こうか。午後の勤務の交代時間まであと十五分ぐらい」

 数分後、二人は食堂を後にした。


ソフィア・アレクセンドラ・フォン・エーデルシュタインが生まれたのは二二一六年であり、その名の示す通り貴族の家系に連なっていた。しかし家は凋落しており、わずかばかりの自尊心よりフォンの称号を名乗り続けていたのであった。彼女の父は彼女が幼い頃事業に失敗。家名を回復させるための最後の手段と考え、娘は幼年学校に入れられ、軍人たる教育を受けることとなった。彼女が士官学校に上がる前年、両親は事故死する。

 元々ソフィアは体格の良い方ではなかった。しかし持ち前の勤勉さで勉学・訓練に打ち込んだ。これは去る両親の期待に応えるためでもあったのだろう。幼年学校を次席で出た後、士官学校でも優秀な候補生として教育され、途中日本への留学を経験し、次席で卒業する。その後、木星駐在武官としてガニメデへ派遣された。

 彼女は金髪と碧眼、美少女と形容すればそれを間違いという者はいないであろう。しかし、あまり人付き合いはうまくなく、暗い性格であり、友人はおらず、周囲から陰口をたたかれることもあったと言う。木星派遣も妬みによる島流しに似たものだったかも知れない。彼女もそのことはうすうす感づいていたが、口には出さなかった、というよりも話す相手などいなかったのであった。ガニメデに来て、初めて見つけた友人、それがアルベルチーヌ・レヴィであった。


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