F棟504号室 弐
三人の視線が一斉に自分に集まる。
「わたし、修行する。験力をちゃんと使えるようになりたい」
「あんた、いきなり入ってきて何言い出すのッ?」
「ごめんなさい、立ち聞きして。でも、ムシできなくって」
「朱理、無理しなくていいんだ」
「おじさん、全部独りで背負いこむの?」
「おれの事なら心配ない」
「おじさんにだって限界がある」
「お前が負担する必要はない」
「わたしだって何かしたい」
「自分を追いつめるな」
「わたしじゃ頼りない?」
「これ以上傷つかないで欲しいだけだ」
「わたしの事なら心配ない」
「心配するさッ」
「わたしだって心配だよ!」
悠輝は虚を突かれたような顔をした。
「おじさん、全部自分が悪い、自分のせいだって、誰よりも自分を責めてるじゃない」
「それが事実だ」
「おじさんは判断を間違えた。わたしは何も知らなくて、何もできなかった。
知っていればこっくりさんをやらなかったかも知れないし、やったとしても直ぐに対処できて、結果を変えられたかもしれない。
だから、わたしは学びたいんだよ」
「……………………」
叔父は口を開けかけたが、結局何も言わなかった。
「とにかく一度、お祖父さんに会って相談したらいいんじゃないかな?
少なくともここに居る誰よりも、験力について知っているんだから」
その時、バタンッと玄関で大きな音がして、何かが飛び込んできた。
朱理は背筋が寒くなるのを感じ、叔父を見た。
悠輝は朱理を押しのけ、廊下に飛び出した。
慌てて両親と共に後を追う。
自分の部屋の襖が開けっ放しになり、叔父と妹が向かい合って立っている。
紫織は耳元まで口をつり上げ微笑み、足下には香澄が倒れていた。
「なんで……」
「来るなッ」
悠輝が鋭く言った。
「臨・兵・闘・者……」
「ギィーッ!」
指で空を斬り呪文を唱える悠輝に、紫織がかざした掌から電光を放つ。
「グァッ」
悠輝の身体が後ろに吹っ飛んで、仰向けに倒れた。
「おじさん!」
紫織の身体から禍々《まがまが》しい妖気を感じる。
凜に取り憑いていた時よりも桁違いに強力だ。
朱理は知る由もないが、彼女に取り憑いた時と比べてさえ、数段強い妖気を放っている。
「ケケケ……モット……イイ身体……手ニ入ッタ……紫織……朱理ヨリ……ズット……イイ……」
魔物に取り憑かれた紫織が、視線を廊下にいる朱理たちに向ける。
悠輝は感電し、意識を失っている。
見慣れた妹の姿に獣の姿がダブって視える、これがこの魔物の正体だ。佐藤加乃子どころか人間の霊ですらない。
眼が合った。そこに在るのは、獲物を前にした肉食獣の渇望だ。
殺される……
朱理は生まれて初めて己の死を意識した。
恐怖が一気にあふれ出し、膀胱が緩み太ももに生暖かい液体が伝うのを感じた。
完全に身がすくみ、立ち向かうことはもちろん逃げることすらできない。
紫織が獅子のごとく跳躍した。
もうダメッ。
朱理はギュッと目をつぶった。
「オン・バキリュウ・ソワカッ!」
「ギャアアアアア……!」
強大な験力が放出される気配と、自分の物ではない悲鳴に恐る恐る眼を開く。
紫織が悠輝の上に重なるようにして倒れていた。
「うッ……」
悠輝が辺りを見回す。
「何が起こった?」
どうやら今の験力は叔父の物ではないらしい、紫織が自分の上に落ちたので意識を取り戻したのだ。
「紫織が朱理に襲いかかろうとしたから、とっさに蔵王権現真言が口から出たのよ。そしたら……」
験力が発動して魔物を斃したということか。
落ち着いて思い出すと、真言の声は母だった。
一瞬だがとんでもない験力を感じた、あれが母の能力なのか。
だとしたら叔父よりも圧倒的に強い。
「封印が解けたのか?」
「判らない……何も変わってないみたいだけど……」
英明が紫織を抱き起こした。
妹の身体からは先ほどまでの禍々しい妖気は感じない、香澄も同じだ。
「とにかく香澄ちゃんの親に連絡して、迎えに来てもらおう」
「朱理はパンツを変えた方がいいわね」
「え?」
朱理は母の指摘に顔が真っ赤になった。
応急処置で散らかった部屋を手早く片付けてから連絡すると、香澄の両親は直ぐにやってきた。
二人は娘が自宅を抜け出したことに気付いておらず、救急車が呼ばれ香澄は病院に運ばれた。
一方、遙香が魔物を斃した後、ほどなくして紫織は意識を取り戻した。朱理同様、取り憑かれていた時の記憶は無かった。
悠輝の話しでは、取り憑かれた時間が短時間なので悪影響は無いらしい。
念のため今日はもう寝るように両親と叔父から言われ、妹は渋々従った。
「紫織も覚醒したの?」
遙香が深刻な顔で悠輝にたずねた。
彼も感電して気を失ったが、すでに回復している。
「あれだけの験力を放出したからな……何かしら影響はあると思う」
「僕にもハッキリ見えたけど、あれは物理的な電気なのかい?」
「はい。ただ、超常的な力を含んでいます。義兄さん、申し訳ないんですが……」
「うん、出来るだけ早くお祖父さんの所へ行った方がいい。お母さんもわかったね?」
遙香が思い切り嫌な顔をする。
「朱理、進級できなくなっても知らないからね」
「うん!」




