魔界
凜の身体が覆い被さる。
しまったと思いつつ、悠輝は彼女を受け止めた。
悪夢が脳裏に蘇る。
この稲荷は夢の中に出てきた祠だ、ここで取り憑かれた朱理は……
「させるか!」
素早く凜を地面に横たえ、両手の指を絡ませ印を結ぶ。
「オン・エンマヤ・ソワカ!」
閻摩天の真言を唱え瞬時に験力を引き出し、朱理に向けて放つ。
ところが朱理に届く前に見えない壁に阻まれた。
朱理の口が耳元まで裂け、異様な笑みを浮かべる。
「カァーッ」
咆哮を上げると焔の塊が現れ、悠輝に向かって飛んできた。
「破!」
裂帛の気合いで朱理が放った焔を相殺する。
朱理は笑みを更に大きくし、二発、三発と焔を次々に放つ。
「ク……ッ」
何とか防ぐが、凜に取り憑いていた時とは比べものにならないほど強力だ。
これが朱理の験力か……
ここで自分が斃れれば悪夢が現実になってしまう。一つだけ外れているのは、悠輝も少女たちの亡骸に加わっている事だ。
「ヒヒヒ……ドウ……シタ? モウ……オワリ……」
「いい気になるなって言ったよな? 雑魚め」
「クァー!」
今までより大きな焔が放たれ、防ぎきれず髪の毛や服が焦げる。
「ドウ……ダ……反撃……シロ……」
「フン、簡単に挑発に乗りやがって、お前の事なんざ全てお見通しなんだよッ。
佐藤加乃子だ?
違うな、お前は凜ちゃんと先生の記憶を覗き見て成り済ましただけだ。
こっくりさん、セーメイ様、色々呼ばれているが霊ですらない。
肉体を持たず、何かに憑依しないと大した能力も使えない非力な存在、お前に相応しい呼び名は雑魚魔だ。
朱理を狙ったのだって験力目当てだろ?
お守りを持っていたせいで、すぐに取り憑くことが出来なかったから、凜ちゃんたちに取り憑いて機会を窺った。
言っておくが、朱理が持っていたお守りを作ったのはおれだ。だからお前は絶対におれに勝てない」
「カーッ」
焔の塊が幾つも現れ次々に悠輝に襲いかかる。
さらに火傷を増やし、悠輝は尻餅をついた。
梵天丸を使うか? ダメだ、下手をすると朱理を傷つける。
「ヒヒヒ……口ダケ……ブザマ……」
何とかして、もう少し時間を……
「朱理!」
姉の声が鼓膜を振るわせ、思わず笑みが浮かんだ。
待ち人がやっと来た、バッグを持った遙香が木々の隙間をかけてくる。
「投げろッ」
バッグが空中に舞う。
験力で中身を捕らえる。
「ガッ」
袋に入っていたのは悠輝の験力を込めた五本の金剛杵だ。
朱理を取り囲み、等間隔に金剛杵を地面に突き立っている。これは五芒星の配置だ。
「オン・アロマヤ・テング・スマンキ・ソワカ!
我ら修験者の守護神であり数万騎の狐を従える大天狗よ、その験力にて魔を祓いたまえッ。
臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前・破ッ!」
印を結び験力を朱理に注ぎ込む。
金剛杵に込めておいた験力が作用し、凜の身体から祓った時よりも遥かに強い力で朱理を浄化する。
「ギャアーッ」
妖魔は何とか抵抗しようと藻掻くが、無理やり引き離されて霧散した。
「ふぅ~」
悠輝は精根尽き果てその場に崩れ落ちた。
「大丈夫ッ?」
遙香が身体を支える。
「おれはいいから朱理たちを、それに由衣ちゃんも近くにいるはずだ」
「判ってる。警察と救急にも連絡済みよ」
「手抜かりは無いか……」
最悪の結果は免れた。
だがそれは、あくまで最悪ではないと言うだけだった。




