公爵令嬢が婚約を破棄された本当の理由
街中を一人の少女が走っていた。
名前はオクタヴィア
名門貴族ユリウス家の令嬢である。
美しい黒髪と整った顔立ちで社交界の華として評判の少女だ。
また第3王子と婚約しており、素晴らしい将来が約束されている。
そして少女はある平屋に駆け込んだ。
そこは、彼女の幼馴染であり平民であるエメリが住んでいる場所である。
オクタヴィアは家に入るとエメリに言った。
「エメリ。私を匿って。」
エメリは突然のオクタヴィアの来訪に驚いた。
彼女と良く会っていたのは彼の母親がオクタヴィアの元で家政婦を勤めていた幼少の頃であり、最近は手紙のやり取りしかなかったからである。
エメリは不安げな表情で言った。
「どうしたんですか?」
するとオクタヴィアはずうずうしくも勝手に敷物を見つけてきて椅子の上に敷き、そこの上に座って言った。
「敬語はいいわ。それよりも話しを聞いて頂戴。」
エメリは昔と変わらないオクタヴィアの様子を嬉しく思った。
そして言った。
「じゃあ。お茶を出すよ。少し待ってて。」
エメリはそう言うとお茶を入れオクタヴィアに差し出した。
オクタヴィアはそれを一気に飲み干すと言った。
「はー。生き返るわ。」
エメリは昔の距離感を思い出し、たしなめるように言った。
「淑女が一気飲みはどうかと思うよ。」
するとオクタヴィアは言った。
「相変わらず細かい男ねえ。作法なんか気にしていたらせっかくの美味しいお茶も味が分からなくなっちゃうわよ。」
エメリはオクタヴィアの悪びれない様子にため息をついた後、言った。
「それで。一体何が有ったのさ?」
するとオクタヴィアは真剣な表情になり言った。
「実は第3王子のウィリアム王子に婚約を破棄されて、学校も追放されてしまったの。なんでも奨学金でうちの学校にやって来た平民の女に恋をしたらしいわ。」
エメリはその言葉を聞くと驚いて言った。
「王子はオクタヴィアという美人な婚約者が居ながら他の女の子に恋をしたっていうの?」
するとオクタヴィアは得意げに言った。
「やっぱり私って美人?」
エメリは真剣な表情で言った。
「勿論だよ。今までで君ほど美しい人には出会ったことが無いよ。それに性格だって少しお転婆だけど真っ直ぐで可愛いし。僕が王子だったら絶対婚約破棄なんかしないな。だから王子の行動が信じられない。」
その言葉を聞くとオクタヴィアはさらに嬉しそうな表情になり言った。
「照れるわねー。でもエメリ。あなたもかっこいいわ。それに人として大切な物を持っている。それはきっと、家柄なんかよりずっと大切なものよ。その点ウィリアムは顔が良いだけで優しさと想像力が欠如してたわ。使用人が少し失敗したくらいで凄く怒って、暴力を振るおうとした事もあったもの。」
それに対して、エメリは心配そうな表情を浮かべた。
「暴力を振るうの? 最低だね。オクタヴィアは大丈夫だったの?酷い事されてない?」
するとオクタヴィアは穏やかな笑みを浮かべて言った。
「大丈夫よ。私はウィリアムより強いから。使用人に暴力を振るおうとした時もウィリアムに背負い投げを食らわせた後に、上にのしかかってたこ殴りにしてやったわ。」
その言葉を聞いてエメリは冷静になった。
そして言った。
「オクタヴィア。それはやりすぎだよ。」
オクタヴィアはエメリの言葉に不満げに言った。
「一度だけよ。ウィリアムの心根が悪いのは大切に育てられすぎて人の痛みが分からないからだと思ったの。だから一度、殴られれば人の痛みが分かるようになると思ったのよ。」
それに対してエメリは言った。
「なんでそんな古代人みたいな正義感もってるのさ。あとさっきから気になってたんだけどさ。第3王子ってウィリアムじゃなくてウィーリーじゃない?」
エメリの言葉を聞いてオクタヴィアは恥ずかしそうに言った。
「そうだったわねー。反省。反省。」
エメリは言った。
「あんまりウィーリー王子のこと好きじゃなかったの?」
するとオクタヴィアは不満げな表情で言った。
「逆に好きだと思うの? その質問は結構不愉快だわ。」
オクタヴィアが怒ったのは「エメリが」オクタヴィアがウィーリーを好きだと思ったことである。
しかし、エメリはオクタヴィアが怒った理由をウィーリーを好きだと言われた事だと思い言った。
「そんなに嫌わなくても良いのに。それでもやっぱり、婚約破棄を告げられたときはショックだったんじゃないの?」
それに対してオクタヴィアは言った。
「そうねー。どうだったかしら。あの時は大分酔ってたから覚えてないわ。」
エメリは言った。
「酔ってたの?」
オクタヴィアはエメリの問いに少し恥ずかしげな様子で答えた。
「いやー。あれ位の量なら普段は酔わないのよ。多分、昼ごはん抜いてたのと、疲れてたのが原因ね」
エメリは冷たい目で言った。
「そんな私、お酒本当は強いんですアピールはいらないよ。問題なのは、公爵令嬢が社交界で酔いつぶれるまで酒を飲んだことでしょ。」
オクタヴィアは言った。
「そう。本当に油断したわ。それで酔った勢いでいつもの様にウィリアムに絡んだら婚約破棄されたのよね。」
エメリは言った。
「それはオクタヴィアが悪いよ。」
するとオクタヴィアは真剣な目で言った。
「幻滅したかしら。」
エメリはオクタヴィアの言葉を聞き当然の様子で言った。
「まさか。そういう所もオクタヴィアの魅力だから。でも王子には伝わらないと思う。」
「そう。」
オクタヴィアは嬉しそうに頷いた。
この時点でエメリは婚約破棄の理由はオクタヴィアにあるのではないかと疑い始めた。
そして言った。
「オクタヴィア。それでどうして家に逃げてきたの? 婚約破棄されたなら普通は実家に戻るんじゃないの?」
するとオクタヴィアは言った。
「そうよ。だから最初は実家に戻ろうとしたわ。でも実家のお父様は私の存在自体をユリウス家から無かった事にするために私を身売り同然で田舎の辺境伯に妻として売り飛ばしたのよ。」
その言葉を聞いてエメリは驚いた。
「ひどい。いくらなんでもそこまでする事はないはずだ。」
オクタヴィアは言った。
「そうよね。お父様は私に言ったわ。(お前はユリウス家の汚点だ。婚約を破棄されたばかりか賭博の胴元をやっていたなど聞いた事がないぞ。お前など、もはや私の娘ではない)ってね。」
エメリは言った。
「ちょっと待って。凄い情報が出てきたんでけど。賭博の胴元やってたの?」
オクタヴィアは言った。
「ええ。でも子供の遊び程度よ。」
エメリは疑いの目をオクタヴィアに向けて言った。
「いくら位?」
オクタヴィアは考える様子を見せた後に言った。
「そうねえ。儲けたお金を元に、行商人でも始めれば一生食べていける位は稼いだわ。」
エメリは言った。
「相当じゃないか。どこが遊びなのさ。」
オクタヴィアは感慨深い様子で言った。
「貴族の令嬢ってのめり込むと周りが見えなくなる事が多いのよねー。」
エメリはオクタヴィアに尋ねた。
「それで。そのお金はどうしたの?」
オクタヴィアは言った。
「お父様に呼び出される前に手形に換金して持ってきたわ。」
エメリは呆れた様子で言った。
「しっかりしてるね。それにしても良くユリウス家の追っ手から逃げてきたよね。ちゃんと逃亡用の荷物も持ってきているみたいだし、一体いつそれだけの準備をしたの?」
するとオクタヴィアは不機嫌そうに言った。
「5年。この数字が分かるかしら。」
エメリは言った。
「分かるよ。オクタヴィアが中学に入学して、僕と母がオクタヴィアの屋敷を出て行ったときでしょ。」
オクタヴィアは真剣な表情で言った。
「そうよ。そして私が逃亡用の荷物をまとめていつでも逃げだせる様に準備を始めてから今までの年月よ。」
エメリは驚いた様子で言った。
「それってつまり。」
オクタヴィアは言った。
「そうよ。何処かの誰かさんが私を迎えに来てくれるのをずっと待ってたの。」
エメリはその言葉を聞いて下を向いた。
「ごめん。それは何度も考えた。でも僕にはその勇気が無かった。」
悲しそうなエメリの表情を見てオクタヴィアは力強く手を叩いた。
そして言った。
「悲しい話はこれで終わり。それより早く準備をしなさい。追っ手はもう諦めたでしょうけど、この町は暮らして行くには都合が悪いわ。とりあえず港町の方まで行ってそこで行商をするわよ。」
エメリは言った。
「こんな僕でも一緒に行って良いの?」
オクタヴィアは笑顔で言った。
「まさか淑女たる私に一人旅をさせる気?」
エメリはオクタヴィアの言葉に苦笑いを浮かべて言った。
「ごめん。愛してるよ。オクタヴィア。」
そしてエメリはオクタヴィアを抱きしめたのだった。