医者に救いを求める
医者はアカコと対峙する形で座っている。看護婦は医者の右ななめ後ろに侍っていた。
色んなところを見物し書物を読み「東京」では多くの女人が多種多様な職業に就いていることをアカコは知っていた。看護婦もそのひとつ。
白い帽子をかぶっている若い看護婦をアカコはちらりと見る。
――この看護婦は自分とは比べものにならないくらい立派に生きているのだ。
そう思うとアカコは惨めな気持ちになった。
私になにができる?
唯一、好きで得意だったのは文章を書くということ。
なのに、自分が書いた文章を今、恥じている。
必死にもみけそうと考えている―――。
「アカコさん、お話してもよろしいですか?」
医者の声でアカコは我にかえった。
今はとりあえず、医者と話をしなければならない。草紙奪取はその後だ。
この医者と話をしたら恒子も満足するのだ。
「アカコさん、お父様やお母様について何か思うことはありますか?不満に思うことなど」
静かで落ち着いた声で問いかける。
医者という職業は東京での社会的地位が高い。この人に相談したらその社会的な力で、都に帰れるように手助けしてくれるのではないか?
どうか、この医者に良心がありますように。
アカコがいくら都に帰りたいと懇願しても鈴木家の者はわかってくれなかった。
でも、この医者なら理解してくれるかもしれない。アカコは祈るような気持ちで医者に語りかけた。
自分は都で生まれ育ったということ。
母と石山寺に参詣した帰りに牛車に轢かれそうになって気を失ってしまったこと。
気づけば「東京」にいて鈴木家の娘として養われるようになったこと。
鈴木家の父母は本当の父母ではないのだということ。
自分の書いたものが宮内省図書寮になぜか置かれているということ。
医者は涙ながらに語るアカコを見つめながら聞いている。
「お辛かったでしょう。もう泣くのはおやめなさい。」
アカコの話をひとしきり聞き終わると優しい声で慰めてくれた。
よかった!この医者はわかってくれた!
東京に来てからようやく理解者に出会えたのである。
 




