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光の中へ

 宮城のお堀に沿って走っていけば行幸通りに出る。そしたら、後はまっすぐ走るだけで東京駅。走れ走れ。


 東京の夜は明るい。一体ここの人たちはいつ眠っているのだろう。人は出歩いているし、こんな時間でも山手線を電車が走っている。

 自分の脚ではなく、弥太郎にお願いして電車に一緒に乗って移動したらよかったかしら。などと思っても、今は走るしかない。


 軍人会館の前で躓いた。それでも鈴木閼伽子の手紙は握りしめたままだった。これは落としちゃいけない。

 膝小僧をぶつけて少し痛かったけど、気にしない。必死に走る若い娘を行きかう人は奇異の目で見ている。御嬢さん、こんな時間にどうしたの。



 なぜ、懸命に走っているの? それは広瀬に手紙を渡すため。


 なぜ、手紙を渡さなきゃいけないの? それは鈴木閼伽子の気持ちを伝えるため。


 なぜ、鈴木閼伽子の気持ちを伝えるの? それは、それは、鈴木閼伽子は私だから。



鈴木閼伽子とアカコはいつしか一人の人間になっていた。今、走っているのはアカコであり鈴木閼伽子なのだ。


「広瀬さん、広瀬さん」


自分はいったい何者なのか、そんなことより広瀬に会えるか会えないかの方が重要だ。とにかく走れ。


中央気象台の前を通過して大手町のあたりに出たら御幸通りまであと少し。大丈夫、間に合う、広瀬に会える。


 

 


 足の親指に血豆ができたころ、御幸通りにたどり着いた。走ってきたから、寒さを感じない。


 通りを眺めればアカコをいざなうかのような電灯ランプの放光。その光の向こうに赤レンガの東京駅。古の人ならば祇園精舎と見紛うであろうその美しさ。


 アカコは息を整えつつ光の中へと歩きだした。


◇◇◇◇◇


 東京駅に来たのは京都旅行の時以来だ。あれから一年以上経っている。あの時、広瀬はアカコのために旅行の計画を立て宿も切符も手配してくれた。今思えば、広瀬に頼りきっていた。

 京都旅行の時は、広瀬の後ろをついて回ればよかったが、東京駅の構内をアカコ一人で把握して行動するのは至難である。

 

「私は一人では何もできない」


アカコは泣きそうになりながら駅員にすがり「宇治山田に行く人に会いたいのですが、どこに行けば」と尋ね、八重洲南口まで連れて行ってもらった。


 八重洲南口のホームは鳥羽行の列車を待つ人が多かった。皆お伊勢参りが目的なのだろうか。


「広瀬さん! 」


広瀬の名を発しながらアカコはキョロキョロするが、見つからない。


「広瀬さん! 」


もう一度呼んだとき、後ろから右肩を掴まれた。振り返ると、大きな荷物を背負った広瀬がいた。眉間に皺をよせている。怒っているような表情。


「こんな夜に何をしているんです。一人で来たんですか? 」


「広瀬さんに渡したいものがあって……」


アカコはそっと手紙をさしだす。「広瀬 彬 様」と書かれた封筒。これを守りながら夜の東京を駆けてきたのだ。受け取ってもらえるだろうか。


「手紙なら、久居の駐屯地に郵送すればよかったのに。夜中に一人で出歩くなんて何を考えているんですか」


せっかく会えたのに広瀬を怒らせてしまったようだ。アカコは手紙をさしだした格好のまま俯いた。


「駅員さんに頼んでお父さんに迎えに来てもらうようにしてください。一人で帰るなんてことはやめてくださいね」


広瀬はきつめの口調で言いながら手紙を受け取った。


ベルが鳴り列車が入ってくる。広瀬が何か言ったが喧噪にかき消されてよく聞こえなかった。


「じゃあ、行きます」


それだけは聞き取れた。広瀬は宇治山田に向かう人々と共に列車の中へとなだれ込むように入って行った。

参考文献 

講談社『昭和のはじめ タイムトリップ地図帖』

Googlマップ、JR東日本のサイトも参考にしました。


私は人生で東京に行ったことが三回ほどしかなく、わからないことだらけで書くのに苦労しました。東京にお住いの方が読んだらツッコミどころがあるのではないかと思います。


追記

「千代田通り」と記したところを「行幸通り」に修正しました。

資料(昭和初期の地図)を見ると「千代田通り」と書いてあるのですが、Wikipediaやその他ネット情報を見ると「行幸通り」となっています。「行幸通り」の方が伝わりやすいのかな、と思い修正しました。

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