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走れ

 婚約破棄の意志をアカコ自身に伝えるのではなく、弥太郎に伝えるのか。当たり前といえば、当たり前か。当人同士で婚約したのではないのだから。あくまで親が決めたことなのだから、断りを入れるのも親。


 そうだ、最初からアカコの事は相手にしていない。アカコはただの片恋。


「アカコ、よかったのかい。広瀬君を待つ気はないのかい」


「待つと言っても、広瀬さんにはその気はないのでしょう。もういいではありませんか 」


――婚約破棄なんてへっちゃらよ。


鈴木夫妻に自分の片恋をさとられるのが嫌だったので、つとめて平気な顔をして夕飯を食べた。近頃は肉類が食卓に上がることはなくなった。肉が手に入りづらいのだ。勝つまでの我慢だと弥太郎はいう。


 勝つまでか――。


新聞なんかでは日本軍は好調のようだし、さっと勝って案外早く戦争が終わり広瀬も帰ってくるような気がする。待つの待たないなんて話は大げさなことなのではないのか。



 夕飯を食べ終えると急に眠くなった。瞼が重たくて仕方がない。片付けの手伝いもそこそこにアカコは自分の部屋にひきあげた。


 そして布団も出さずにそのまま畳の上で眠ってしまった。寒さよりも眠気が勝っていたのだ。




◇◇◇◇


学帽を被った広瀬がいる。隣には広瀬の友人だろうか。何やら笑いながら話している。


こちらに来る。


「広瀬、君には詩の才能があるよ」


「やめてくれよ、僕にはそんな才能はないよ」


すれ違い様の会話。


ああ、これは夢だ。何度も見た夢。


広瀬の後ろ姿。


追いかけたいけど、いつものように足が動かない。


待って、広瀬さん、待って


◇◇◇◇





 どれくらい寝ていたのだろう。アカコは目が覚めた。自分の頬をに違和感をおぼえ、触れてみるとそれは涙だった。


「広瀬さん」


アカコは広瀬の夢を見て泣いていたのだ。夢は、広瀬に会えなくなることの暗示なのか。


「鈴木閼伽子さん、あなたが見せた夢なんでしょう」


手紙の内容と似た夢。鈴木閼伽子の記憶。


アカコは箪笥にいれてあった鈴木閼伽子が書いた広瀬宛の手紙を取り出し、急いで外套を着こむと部屋を飛び出した。


 玄関に行くには居間を通らなければならない。居間では鈴木夫妻が白湯を飲みながらくつろいでいた。


「アカコ、慌ててどうしたんだ? 」


「今、何時?」


壁掛け時計を見る。針は二十一時二十分を示していた。


「広瀬さん、二十二時台の列車に乗るのよね? 」


「そう言っていたが……まさか、今からいくつもりか? 」


「そうよ! 広瀬さんに渡さなきゃいけないものがあるの! 」



言うや、アカコは玄関に突進しブーツを履いて勢いよく外に出た。


「バカはやめなさい! 雪が降ったらどうするんだ! 」


弥太郎の怒鳴り声が響いたがアカコは走った。冷たい風が頬をつきさす。


寒さは厳しいけれど、今夜は星が見えている。大丈夫だ。走れ。東京駅まで。


今なら、どんな長距離マラソン選手にも勝てる気がした。




手には鈴木閼伽子の手紙。落とさないように強く握りしめた。


間に合いますように。

間に合いますように。


鈴木閼伽子の手紙を渡さなければならない。彼女が文字に残した想いを広瀬に伝えなければならない。




参考文献

講談社『昭和二万日の全記録 第6巻 太平洋戦争 昭和16年―19年』

講談社『昭和のはじめ タイムトリップ地図帖』 井口悦男 濱田研吾


Googl マップも参考にしました


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