黒歴史を曝され広瀬の口を塞ぐ
十五、六才くらいの女の子が空想にふけって書いた物語。
これを「ばらされる」ということは本人にとっては叫んで逃げたくなるような恥辱である。
アカコもそうだ。
都から遠く離れた「東京」でまさかそんな恥辱を味わうとは思ってもみなかった。
それは、いつものように鈴木家で夕飯を食べているときのこと。広瀬は大学でどんな研究をしているのかという話になった。
「桐生先生が宮内省の図書寮で新発見をしましてね。桂の宮持伝の書なのですが、世に知られていないものだったのです。桐生先生はそれを解読して、論文を書いているのですよ。私は桐生先生のお手伝いをしています」
「新発見?それは楽しみね。どんな書なの?」
恒子が興味を示し、質問した。
「鎌倉時代に書かれたもので、当時の宮廷の色恋沙汰なんかも生々しく描かれていまして。源氏物語さながらですよ。ですが、源氏物語と違って作者の実体験を基に書かれたらしいのです」
「まあ、そんなものが何百年も人に知られていなかったのね。それを発表したら世間はずいぶんと驚くでしょうね」
「ええ、桐生先生は日本文学史に名を残しますよ。もちろん、その作者もね」
「作者の名前もわかっているの?」
「本名はわからないのですが、源雅忠の娘です。アカコと呼ばれていたのではないかと先生は推測されているようです」
「あら、閼伽子さんと同じね!」
(みなもとのまさただ?)
今、広瀬はそう言った。アカコの父と同じ名だ。
「広瀬さん、どんな文章か、ちょっと教えてちょうだいな。世間様がまだ知らない古典に興味があるわ。
閼伽子さんも最近は古典文学が好きだものね、聞いてみたいでしょう?」
広瀬は軽く咳払いを一つして、「では少しだけ」と言って例の新発見の書物をそらんじ始めた。
「くれたけの ひとよに はるのたつ かすみ けさしもまちいでがほに、はなをおり」
え、とアカコは箸を置いた。
覚えがある。それは、アカコが都で書いた物語の冒頭部分だ!
広瀬は続ける。
「にほひをあらそひてなみいたれば われもひとなみなみにさしいでたり」
「あまたとし さすがになれしさ よごろもかさねぬそでに のこるうつりが」
その歌はやめて!恥ずかしすぎる!
それはアカコが空想に任せて作った歌だ。
「うわあああああああぁ」
アカコは顔を真っ赤にして広瀬の口を手で抑えた。
「アカコさん!何するの!」
恒子が慌ててアカコの手首をつかんで広瀬からひきはがした。