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梅の咲く季節。


アカコはセーラー服に身を包み某大学の近辺をうろうろしていた。


誰かを探している。その誰かとは将来の夫となる人である。



父の鞄に入っていた写真。学生服の青年。ひょろっと背が高くて優しそうな顔立ち。つぶらな目をしていて子犬を思わせる。


彼の通う大学のあたりを歩いていたらひょっこり出会えるのではないか。


アカコは学校が終わった後、そのまま家には帰らずにちょっと足をのばして大学近くまでやってきた。


でも、そう簡単には会えなかった。


諦めて帰ろうとしたそのとき、校門から四、五人の学生が連れ立って出てきた。その中で一番背の高い学生を見た瞬間、アカコの心臓は飛び上がった。


(広瀬さんだ)



学生たちは何か笑いあいながらこちらに歩いてくるが、アカコの存在など気にもとめない様子だ。




「広瀬、同人誌を作ってはどうだい? 君には詩の才能がある。 小説なんかも向いているかもしれないよ」


「やめてくれよ、僕にはそんな才能はないよ・・・」



すれ違いざまの会話を聞き逃さなかった。間違いなく彼が「広瀬さん」だ。


追いかけて行って声をかけようか。でも、なんて言えばいいの。


結局、アカコは何もせずに広瀬の後ろ姿を見ているだけだった。






 

 次第に広瀬の後ろ姿はぼんやりとした白い光に包まれる。そしてその光は広瀬の輪郭を消していく。学生服の黒い背中が小さく、小さくなって。


一瞬、広瀬の小さな影がこちらを振り返ったような気がした。


「待って、行かないで」


広瀬を追いかけないと。今、追いかけないと二度と会えなくなるような気がする。早く。


なのに、足が動かない。


「待って、広瀬さん、待って」



そこでアカコは目が覚める。これは近頃アカコがよく見る夢だ。いつも決まって広瀬を追いかけることができずに夢は終わる。


「鈴木閼伽子さん、あなたが見せている夢なの?」


鈴木閼伽子が残した手紙とよく似た夢。彼女の記憶がアカコの中に残っていて、それが夢となってアカコを苦しめているのだろうか。広瀬が鈴木家を去ってから半年になろうとしているのに。


窓の外はすでに明るくなっていた。


アカコは起床を決意する。今日も学校がある。さっさと身支度をすませよう。


 昭和十六年四月、アカコは「復学」した。本当はもっと早くに復学するつもりだったのだけれど、あまりにも勉強の遅れをとっていたため、キリのよい四月からにしようと鈴木夫妻が判断したのである。


つまり、アカコは一つ年下の女の子たちと机を並べて学んでいるのだ。


 復学してすぐのこと、隣の席の生徒と親しくなった。彼女の名は「小泉 鏡子」という。なぜか初対面であるにも関わらず気が合った。


 新しい環境に慣れるのに忙しく、普段は広瀬のことを忘れるようにしているのだが今朝のように時々夢に現れる。


 そんな日は広瀬への想いがあふれそうになる。


 この苦しい胸の内をアカコは小泉鏡子には打ち明けている。鈴木夫妻の前では平気なフリをしていたが、彼女には話すことができた。


「私をフッた男なのよ。ひどいでしょ、女に見えないなんて。」


淑女おとなになって会いに行って見返してやればいいのよ。後悔させてやればいいのよ」


「そうね、それでその時は私がフッてやるんだわ」


小泉鏡子と話すと苦しい恋も笑い話になった。


なんでも話せる間だが、鎌倉時代から転生してきたことは言っていない。言っても信じてもらえないだろうし、変人と思われるだけだろうから。







 






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