鈴木閼伽子の恋
いったい誰が書いたもの?
考えられるのは、この部屋の本来の主である鈴木閼伽子しかいない。おそらく、鈴木閼伽子は広瀬宛てに書いた手紙を下着入れに隠しておいたのだろう。アカコが東京に転生する以前、鈴木閼伽子は確かにここに生きていた。
封はされていなかった。アカコは申し訳ないと思いつつも中を確認する。広瀬に何を伝えたかったの、鈴木閼伽子さん。
≪広瀬さん
今日、広瀬さんをみに行きました 貴方はお友達の方と何やら笑いながらお話をしてゐましたね 声をかけようかとおもつたのだけれども、恥づかしくてやめました 私たち、すれちがつたんですよ 広瀬さんは知らないでせう
なぜ貴方をみに行つたかといふと、実は父と母が婚約の話をしてゐるのをこつそり聞いてしまつたのです 父が持つてゐた貴方の寫眞を盗み見して顔を憶えました それで貴方の大學まで行きました
貴方は背が高く素敵な笑顔の人でした
この手紙は誰にもみせないでかくしておきます 私たちが夫婦になつて なン十年共にすごして結婚記念日にわたせたらどんなに幸福なことかしら≫
鈴木閼伽子は広瀬に恋をしていた。
「話したこともないくせに、バカみたい――」
アカコは嫉妬した。鈴木閼伽子は広瀬に恋をして、その気持ちをつづった。夫婦になることが決まっている、恋が成就するとわかっている相手に。
もし、アカコの魂が鈴木閼伽子の身体に入り込まなければ今頃どうなっていだのだろう。
広瀬と鈴木閼伽子は仲良く暮らしていたはずだ。婚約者として。
映画を見に行ったり、上野の正倉院展にも二人で出かけたり――。若い二人は愛情を育んでいったはずだ。
『一緒に住まわせたら勝手に番いになると思ったわけ?あさましい!』
広瀬が出ていく前夜、自分はなんてひどいことを言ってしまったのだろう。あの場に広瀬もいたのに。
鈴木閼伽子の姿で彼女の口を使って、人を平気で傷つけたのだ。
アカコは鈴木閼伽子の恋を横取りして、壊してしまったのだ。




