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ただし、御所様に限る

 アカコのあずかり知らぬところで結婚の話が決まっているなど、腹が立つ。何も知らずに「広瀬さん広瀬さん」と懐いていた自分が悔しい。


 (そういえば――。

  御所様と父が密約して私の処女が奪われる話を書いたっけ――。)


 アカコは布団の中で自分が書いた“とはずがたり”の内容を思い出していた。親が了承していれば娘の意思など気にしない。物語の中でアカコは御所様に強引に奪われた。冷静に考えればひどい話だけど、書いているときは楽しかったし夢のような感覚だった。


 奪われたいと思うこともある。強引に求められたいこともある。

 でも、それは相手が御所様だからこそで、しかも妄想フィクションであることが前提。


 広瀬と結婚なんて考えられない。だって、だって、


「広瀬は御所様じゃない! 」


結婚するなら御所様がいいし、奪われるなら御所様がいい。広瀬は御所様とは似ても似つかない。


御所様は、とにかく美しいの、あんな美しい人はいない。本当に美しい顔で――……あれ?


「どんなお顔をしていたか、思い出せない――」


がんばって記憶を手繰るがぼんやりとした姿しか出てこない。


「どうして……?」


あんなに好きだったのに。あんなに熱狂した相手なのに。どうして? 忘れてしまったの? 



アカコは薄暗い部屋の中で迷子になってしまったかのような気持ちになった。そういえば、父の顔も、母の顔も、親友小泉殿の顔も、思い出せない。



「アカコさん」


広瀬の声がする。


「アカコさん、起きているんでしょう? 話を聞いてください」


襖の向こうに広瀬がいる。

一階ですでに就寝している鈴木夫妻に配慮しているのだろう、いつもより低い声だ。


「……お返事はいいですから、僕の話を聞いてください」


アカコは布団からモソモソと抜け出した。襖に耳をあてる。


「アカコさん、あなたを騙すようなことをして申し訳なく思っています。でも、僕はこの家に来てから、いえ、結婚の話を頂いたときから、あなたの事を大事に思っていましたよ。

 正直、実際お会いしてみると思っていた以上にあなたは幼くて困惑しましたが。やはり、年が離れているせいか、あなたは子供にしか見えないですから、あなたを女として見ていたわけではなく、妹のような感覚に近かったのです」



アカコも広瀬のことは兄のように思っていた。とはいえ、「子供のようにしか見えない」とはいささか心外である。


「アカコさんは僕と結婚するのは嫌なんでしょう。僕も、あなたのことは女として見ることはできない。だから、ちょうどいい。結婚の話はなかったことにしましょう。明日にでも僕はこの家を出ていきますね」


言い終わると、廊下をするような足音が聞こえた。その足音は少しずつ遠のいていき、広瀬の気配と共に消えてしまった。




翌日、広瀬は本当に鈴木家からいなくなった。


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