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女流作家になりたい

 夕方、アカコは庭で広瀬の帰りを待っていた。広瀬に託した写本は無事に桐生先生の元に返せたのだろうか。桐生先生は怒っていなかっただろうか。気になって仕方がないアカコはいてもたってもいられず庭に出たのだ。


 隣家の塀の上から学帽を被った広瀬の頭がひょこっと見えたとき、アカコの胸はギュッとなった。早く広瀬と話したかった。

 

 庭で待っているアカコに気づいた広瀬は「あれ?」という表情をして


「めずらしい、お出迎えですか」


と、「ただいま」の代わりに言った。


「桐生先生はなんておっしゃっていたの?怒っていなかった?」


アカコも「おかえり」もいわずに広瀬に飛びつく勢いで質問攻めにした。


「……桐生先生はずいぶんとお怒りでした。警察に言うと」


「……ああ、やっぱり」



アカコのしたことは他人の物を盗むという卑劣な犯罪行為なのだ。罰は受けなければならない。


「私、桐生先生に何と言って謝ったら……」


「冗談ですよ! 大丈夫! 僕がなんとか上手くやっときましたから! 」


「……!」


広瀬は研究室の棚にこっそり写本を戻しておいたのだ。ほどなくして桐生がそれを発見したというわけである。



(おや、こんなところにあった。くまなく探したつもりでいたが見落としていたようだ。年のせいかな)


こうして桐生は警察への届け出を取り下げることになり、アカコの犯罪行為は闇に葬り去られたのだ。


「アカコさん、運よく罰を受けることは免れましたが、もう二度としてはいけませんよ。ご両親が悲しみます」


「……はい」


「それから、ひとつお伝えしたいことがあります」


反省し落ち込んだ様子のアカコに広瀬は少しだけ「嬉しいこと」を伝えることにした。


「桐生先生がおっしゃっていました。

“とはずがたり”の作者は天才だと。文章、物語の構成が巧みであると」


桐生先生がアカコを褒めていたということ……?


そうだ、桐生先生はアカコの書いた物語の読者なのだ。多分、世界で一番読み込んでいる読者――。


褒められた、褒められた。


自分の文章が褒められた!


「嬉しい」


アカコの表情がやわらぐ。頬がほんのり赤いのは夕陽に照らされているせいだけではない。


「広瀬さん、私、女流作家になれるかしら?」


口に出した後、アカコは少し恥ずかしくなった。夢を人に話すのはなぜか恥ずかしさをともなう。


「じゃあ、僕にも読ませてくださいね」


「だめ! 広瀬さんには読ませない」


「じゃあ、いいですよ。自分でアカコさんの本を買いますから」


「お買い上げありがとうございます。毎度あり! 」


二人は夕陽がさす庭で兄妹のように笑いあう。その様子を窓から眺めている者があった。父・弥太郎である。


「広瀬君のおかげでアカコの調子がよくなった。よかったよかった」


と満足げに妻に語った。


「本当に、広瀬さんに来てもらってよかったですわね。これで私たちも安心です」


恒子も幸せそうに夫に同調した。





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