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後世まで

「増鏡に私が書いた物語が丸写しにされている部分があるの?」


「…えっと、ああ、アカコさんがとはずがたりの作者という設定で話していましたね。ええ、とはずがたりの記述と同じ部分があるのです。おそらく、増鏡の作者はとはずがたりを参考資料にして著述したのではないかと考えられます。 ということは、増鏡の成立時期にも関わってくる話ですし、とはずがたりの発見は日本文学の研究において重要なものなのですよ」


アカコの妄想が歴史的な資料になってしまっている……。いいのだろうか。


それより、アカコの書いた文章をそのまま写すなんて増鏡の作者はひどい。アカコの中に何か大切なものをヒョイッと奪われてしまったような悔しさが生まれていた。


こういうの東京の言葉で上手く言い表すなら……


アレだ! アレ!


著作権の侵害!


「勝手に人の文章使うなんて、ひどい話ね。具体的にはどこの部分?」


「僕も先生のお手伝いをしているだけなので詳しいことはまだわからないのですが、後深草院が異母妹である前斎宮と関係を持つ話はほとんど同じ文章らしいですよ。はっきりしたことは論文が発表されたらわかりますよ、きっと」


それを聞いてアカコはあせった。御所様(後深草院)が前斎宮と関係をもつ話はアカコの完全なる創作だからだ。御所様はとんでもない美男のプレイボーイだから、アカコ以外の女性とも関係があるという筋書きの方が現実味があると思い創作をした。(数多の女と情を交わしても「御所様を一番愛しているのはアカコなの」という展開にしたかったし)


それを歴史的な事実として扱われるかもしれないなんて。御所様、ごめんなさい!



手元にある本をめくる必死にその箇所を探す。


「草枕」


という章があった。広瀬の言うとおりアカコが創作した後深草院と前斎宮の話が載っていた。


これは、まずい。



「その、前斎宮の話なんだけど、私の作り話っていうか、嘘なの。伊勢物語とか源氏物語みたいな話を書きたくて、ちょっと真似して書いたっていうか……」


アカコのお気に入りの源氏物語や伊勢物語に斎宮の恋話がある。その禁じられたイケナイ恋という設定シチュエーションに少女アカコは陶酔し何度も読み返した。


そして自分で物語を創作するときも影響を受けてしまっていたのだ。


「桐生先生は論文になんて書くおつもりなのかしら。私の作り話だってお伝えしたい……」


アカコはなんだか桐生に対しても申し訳ない気分になってきた。やはり、なんとかして論文発表を阻止できないだろうか。


「アカコさん、何を言っているんです?証左エビデンスはどこにあるんです?自称作者の生まれかわりの少女の証言在り。と論文に書けというのですか?そんなことしたら先生の学者人生は終了してしまいます」


その通りだ。誰も信じてくれないだろう。どうしよう。

 


 ――アカコの落ち込んだ様子を見て広瀬は「この娘に桐生先生の論文発表を納得させる」という命題を思い出した。

このままでは納得しないのではないか――。


「アカコさん、何も増鏡に書いてあること全てが事実だなんて国文学者は考えていませんよ。増鏡がなぜ“歴史書”ではなく“歴史物語”だと言われているか考えてください」


「……あ、なるほど」


増鏡は歴史を叙述しているがあくまで虚実あいまざったものということか。


「でも、私が書いた物が晒されるのは……つらい」


「では、知らんふりしてはどうですか?」


「知らんふり?」


「知らぬ存ぜぬを通すのです。自分はそんなもの書いた覚えがない、どこぞの他人が書いた物だと。

そしたら、あなたは恥も何もないでしょう」


なるほど。どうせ、アカコが作者だと信じる人は東京には一人もいないのだし知らんふりを決め込めば恥ずかしくない。


でも、でも――。


「父の名が……私の父の名はわかっているんでしょう。源雅忠の娘が書いたものだって後世まで語り継がれるのは……耐えられない!」


「え、えぇ……?」


この娘を納得させるのは至難のわざだ……。広瀬は頭をかきむしった。


参考文献

角川書店『鑑賞 日本古典文学 第14巻 大鏡・増鏡』


※斎宮(斎王)について


皇族の未婚の女子が選ばれ伊勢神宮の近くに住み祈りを捧げる役目があった。

恋愛はNG。

源氏物語や伊勢物語で描かれる。


参考文献

大塚ひかり『女系図でみる驚きの日本史』

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