南北朝はややこしい
「うわっ」
広瀬に覗きこまれて咄嗟に本を閉じた。
勢いよく閉じたので「バシッ」と派手な音が鳴る。
「なんでもないわ」
アカコは平然を装う。×××とか×××を読んでドキドキしてたなんてバレたくない。
さっきの頁が広瀬の目に入っていませんように。
「その本は貸してあげますよ。後深草院のことも書いてある。南北朝の動乱についても書いてありますよ」
「その、南北朝というのがよくわからないの。南と北?」
「あー……、南北朝がわからないか……。じゃあ増鏡を読んでも難しいかもしれない。増鏡を読む前に概説的なことを教えた方がいいな……」
広瀬は少し渋い顔をして机の上から鉛筆と帳面を持ってきた。
「後深草院と亀山院の兄弟は知ってますよね?」
「ええ、知ってるわ」
アカコは同時代の人間だったのだ。知っている。
実は……、アカコの書いた物語には亀山院も登場させている。主人公アカコと×××(ピーッ)してしまうのだ。
美男の兄弟双方から求められる罪なアカコ。という設定を創作したのだ。
広瀬は帳面に系図を書いていく。
「二人の系統が皇位を争い対立していたのですが、
解決策として後深草院の系統と亀山院の系統が交代で皇位につくことになっていたのです」
出来上がった系図はややこしいことになっていた。
そして系図の隣に広瀬は
「両統迭立」
と走り書きした。
続いて広瀬は系図の下に
「後醍醐天皇」と書いた。
「亀山院の系統の後醍醐天皇が鎌倉幕府を倒そうとして…まぁ色々あって足利尊氏が幕府に反旗を翻して幕府は滅んだのです」
「え、鎌倉殿滅んじゃったんだ……」
かつてアカコは東国に旅して鎌倉もちょっと行ってみたいと思っていた。
東京は鎌倉に近いらしい。今度、広瀬にお願いして連れてってもらおうか。
「足利尊氏が将軍になります。
ここからがややこしい話なのですが、今度は尊氏と後醍醐天皇が対立して…色々あって尊氏は亀山院の系統ではない、つまり後深草院の系統を擁立するようになったのです」
「……ややこしいわね」
「ああ、えっと……後醍醐天皇は亀山院の系統ですよね。で、後醍醐天皇と対立した尊氏は後深草院の系統に肩入れしたということです」
登場人物が多くなってきて頭に入ってこない……。
尊氏は鎌倉幕府を裏切ってさらに後醍醐天皇も裏切ったってこと?
「尊氏、節操ないわね……」
アカコの率直な感想に広瀬は苦笑する。
「ざっとした流れを聞いただけだとそう思うのも仕方ないことですが…、まぁその話は後にして」
広瀬は帳面の「後醍醐天皇」の文字の横に
「南朝 吉野朝」
と付け加えた。
「色々あって後醍醐天皇は奈良の吉野に朝廷をおきます。こっちが南朝。で、尊氏が擁した後深草院の系統の朝廷を“北朝”といいます」
「それで、南北朝って言うのね」
「学校では南北朝時代とは教えず、吉野朝時代と教えることになっていますが」
参考文献
角川書店『新版 日本史辞典』