官能的な歴史物語
「鎌倉時代のこと……えっと、アカコさんが生きていた時代?と言えばよいかな。鎌倉時代の歴史を物語風に書いてあるものです」
広瀬の話をふむふむと聞きつつ、パラパラとめくる。
増鏡の著者が嵯峨の清涼寺である年老いた尼に出会うというところから始まっている。
その尼が生き証人として語る歴史を書き留めたものが「増鏡」であるという体だ。
「面白そう」
アカコは目を輝かせた。勉強というより物語の世界を楽しめそうな本ではないか。
「作者は誰なの?そして老尼は誰なの?」
「作者については色んな説がありますよ。一体誰なのか、ちょっとした論争です。老尼については、まぁ架空の人物であろうということで落ち着いています」
ふぅん。とアカコは再びパラッとめくる。
「第十一、さし櫛」
後深草院の弟君亀山殿の妃について書いてある章があった。
同じ時代を生きた女性のことだ。アカコの興味をひいた。
続く文を目で追う。
《暁がたになりぬれば、御几帳ひき寄せて、大殿籠りぬるかたはらに、いと馴れがほに添い臥す男あり》
「……え?」
アカコは思わず声を出してしまう。
《近き手あたり、御もてなしのなよびかさなど、まして思ひ静むべうもなければ、いといとほしう》
これは、妃の密通現場の描写では……?
歴史物語なのになんで……?
そもそも、なんで老尼が二人の秘め事知ってるんだよ!
と思いつつ、その官能的な文章にアカコはドキドキした。
若い男の部屋で二人きりの状況で読むものじゃない。
「どうかしました?赤いですよ?」
広瀬がアカコの顔を覗きこんだ。
参考文献
角川書店『鑑賞 日本古典文学 第14巻 大鏡・増鏡』