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窃盗罪

 アカコは二階にある広瀬の部屋を訪ねた。


「広瀬さん、ちょっと、いいかしら?」


しばらくしてから、広瀬が襖を開けて小動物みたいな目をぱちくりさせた。


「どうしたんです?僕の部屋に来るなんて」


「あの、昨日はごめんなさい」


「あ、いえ。僕も女性に対して強い言い方をしてしまって……」


広瀬の部屋は本がたくさん積まれていた。東京のものもあれば異国のものを翻訳したものもあった。面白そうなものばかりで、アカコはちょっと落ち着かない。この中に歴史を学ぶのにちょうどよい本があるかもしれない。


「広瀬さん、私、歴史を知りたいの。とくに、後深草院のことと京都のこと。教えてほしくて」


アカコはいつになく殊勝だった。例の「写本」のことがあるから広瀬は油断ならない相手ではあるものの、昨日の自分の態度はかなり失礼なものだったと今更ながら後悔していたのだ。こんな自分に広瀬は教えてくれるだろうか。


「いいですよ」


広瀬は微笑む。よかった。アカコは広瀬に嫌われたわけではないと感じてホッとした。


「ただし、写本は返してください。交換条件です」


「え……」


「アカコさん、あなたがしたことは窃盗罪ですよ。先生はしばらくしても見つからなかったら警察に届け出るとおっしゃっています。


僕も一緒に行ってあげますから、今日にでも返しに行きましょう」


「窃盗罪……」


アカコはそんなつもりはなかった。自分の書いた物を守りたかっただけなのだ。でも、アカコがしたことは「盗み」なのは事実だった。


「私が書いたものを勝手に世間に晒すことは、窃盗罪ではないの……?」


アカコは涙声になっていた。犯した罪に今気づいたという己の愚かさと、自分の書いた物を守れない悔しさ。


「泣かないでください。……参ったな」


広瀬も泣きそうな顔になって手拭いを渡してくれた。アカコは受け取るとその手拭いで顔を覆った。広瀬に泣き顔を見られないように。


「アカコさん、あなたのことを信じたいのは山々なのですが、理解できないのです。あなたは何百年も前に生きていた、例のものを書いた作者(本人)だと言うのですか?」


アカコは手拭いで目頭を押さえながら必死に頷いた。


「ああ、もう泣かないでください。わかりました。信じましょう。あなたが作者であるという前提でお話を進めていきましょう」


広瀬はアカコの背中をさすりながらなんとか状況を打開しようとしていた。


「では、歴史の勉強をしましょう。この何百年もの歴史を学んだら、御自分の著作が研究対象になることを納得できるはずです」


具体的な解決策を考えた結果、広瀬はアカコに歴史を学ばせるのがよいと判断した。このちょっとワガママな娘を納得させることができるのか。広瀬は少し不安に思いながらもアカコを部屋に入るよう促した。




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