牛車に飛ばされ東京に転生する
アカコがここに来てから一月が過ぎた。都の自分の家にどうやって戻ればよいのかわからない。自分はこの地で一生を過ごすことになるかもしれない。
「どこか遠くへ行きたい」
幼いころ、そう願ったこともあった。
伊勢や熊野に行ってみたい。それから、もっと遠くへ。ちょっと怖い気もするけど、東くんだりまで行ってみたいと思ったこともある。
でも、まさか、本当に都を離れこんなところに来てしまうとは思ってもみなかった。
母と共に石山寺に出かけた。
久々の遠出で、石山寺に泊りがけでの参詣だった。その帰り道のことである。日が暮れる前に家に着いて物語の続きを書くことばかり考えていて母の話など上の空だった。
アカコは源氏物語が好きだった。源氏物語だけでなくとにかく日記や物語が好きだ。文字を愛している。
ある日、自分でも書いてみたいと思った。
そして、自分を主役に波乱の半生を夢想して書き出した。楽しくてあっという間に書き上げた。
我ながら素晴らしいものができたと思う。かの紫式部にも匹敵するのではないか。誰かに読んでもらいたいが、恥ずかしい。
そこで特別に仲の良い友人の小泉殿にだけこっそり貸した。
小泉殿は大絶賛。続きを書いてほしいとせがまれたのだ。
待っている読者がいる。
早く家に帰って書きたい!
あと少しで家に着くというところで、にわかに通りが騒然となった。だれかの牛が暴れ車を引きずり振り回しとてつもない速さで突っ込んできたのだ。暴走する牛車を誰も止めることが出来なかった。
アカコの体は吹き飛ばされた。目の前が真っ暗になったところまでは覚えているが、そのあとどうやってここに来たのかわからない。
アカコは目覚めたらここにいた。
目を開けると、板張りの天井が見えた。天井からは紐が垂れておりその先には水晶のような球がついていた。後で知ったのだが、それは「電球」というものだった。日が暮れた後とても役に立つ。
アカコは温かく柔らかいものに包まれていた。これも後で知るが「ふとん」という。前にいたところではこんなに気持ちのいいものはなかった。もし京の自宅に戻れるなら「ふとん」は持って帰りたいと思っている。
「よかった。目が覚めたのね、アカコさん」
すぐ横でそう呼びかけられた。優しそうな女の声だった。目をやるとアカコの母と同じくらいの年ごろの女性が微笑んでこちらを見下ろしていた。白髪交じりの髪を器用に結い上げている。変わった髪型だ。着ているものも少し変わっていた。
「アカコさん、階段から落ちて気を失っていたのよ。どうなることかと思ったわ。」
その見ず知らずの女性はアカコの額に手をおいた。
「熱はないみたいね。もう十六才なのだから、お母さんをあまり心配させないでちょうだい。あなたは小さいころからオッチョコチョイでいつもヒヤヒヤさせられたわ」
この女性はアカコの母だという。
「おい、帰ったぞ」
外の方から中年男らしい野太い声が聞こえてきた。ガラガラッと何かを引く音がしたかと思うとあっという間に男がズカズカとアカコのいる居間へ侵入してきた。アカコはとっさに両手で顔を覆う。見知らぬ男性に顔を見られるなんて恥ずかしい。
「あなた、お帰りなさい。アカコが階段から落ちて気を失っていましたの。今さっき目を覚ましたところです。」
「なんだって?アカコ、大丈夫か?お父さんに顔を見せなさい。」
その男は私の父だという。初対面で馴れ馴れしくアカコの肩に手を置いたものだから、アカコはその男に恐怖した。父だなんてありえない!今でも、アカコはこの男が苦手だ。
「此は如何に!此は如何に!吾は久我雅忠の娘ぞ!」
アカコは彼らの娘ではないことを伝えた。本当の家に帰らせてほしいと涙ながらにうったえたが通じない。
「何を言っているの?あなたの家はここよ?」
いくらアカコが否定してもこの女性は泣くばかりでわかってくれなかった。中年男の方もしかめっ面をするばかりで話が通じていないようだった。
「アカコさん、頭を打ってどうかしてしまったのね。しゃべり方がおかしいわ。関西の人みたい。」
「ラヂオの聞きすぎだろう。明日になっても好くならなかったらお医者さんに診てもらおう。」
しゃべり方がおかしいのはそちらの方だ。
“ここ”の人たちは奇妙なしゃべり方をする。みんな早口だし抑揚の付け方がおかしい。聞き取りにくい。常に怒っているような口調なのだ。
だが一月もするうちにアカコの耳は慣れたし、自分でも彼らと同じように話せるようになった。抑揚の付け方は相変わらず難しいが。
アカコが“ここ”に来た日の翌朝、妙に袖口の細い奇妙な服を着せられ、「お医者さん」のところへ連れて行かれた。
外の世界に出てわかったのはここは“都”ではないということ。
石の建物が立ち並び、人々はみな奇妙な服装で奇妙なしゃべり方をしている。驚いたことに女人たちが平気で己の顔をさらして歩いていた。何か被り物でもすればよいのになんと不躾なのだろう。彼女たちは下々の者の娘に違いない。
“ここ”の人々の奇妙な生態に驚きつつもアカコは「知らぬ間にさらわれ唐邦に来てしまったのか」と涙した。都に帰るのは難しいということを肌身で実感したのである。
「お医者さん」だという男は白い服をまとって鼻のところに二つの丸い透き通った小さな鏡のような物を乗せていた。その丸い鏡から小さな細い目がのぞいている。自称“母”はこの男を「せんせい」と呼び、どうやら敬っているようだった。
「せんせい」も初対面のアカコに勝手に触れた。アカコの下まぶたに指をおき強引に目玉を覗きこんだ。
アカコは死んでしまいたい心地だった。その間、自称“母”はアカコの腕を押さえ「大丈夫よ、大丈夫よ」とささやき続けていた。
「うーむ」と、せんせいは手元にある紙に見たこともない字を異様に細く固そうな筆で書き込んだあと、自称“母”に顔を向けてこう言った。
「一時的に気持ちがおかしくなっているだけでしょう。こういったことは年頃の御嬢さんにはよくあることなのです。普段と変わらず接してやり暫く様子をみて、それでもおかしいままならもう一度来るように。」
こうして、都に帰るすべを知らないアカコは自称“父母”の元で暫く暮らすことになったのだ。
自称“父”は鈴木弥太郎といい、自称“母”は鈴木恒子という。アカコは彼らの一人娘ということになっていて、十分な食事(柔らかいものが多い、まあまあ美味)と寝床(「ふとん」は気に入った)、着るもの(どれも袖口が細いため顔を隠せなくて不便である。アカコは次第に顔を隠すのが面倒になった)を与えてくれる。
そして三日もしないうちにアカコは“ここ”は「とうきょう」というところだと知った。御大層なことに「東」の「京」と書くそうだ。しかも、独自の元号を使っているらしい。「昭和」という元号だ。異なる元号を使っているということはやはり異国なのだろう。
「とうきょう」にも帝がいるという。「昭和」という元号はこの帝が即位したときに定まったと聞いた。若く聡明な帝だと自称“父”が言っていた。
帝がいる「御所」が近くにある。自称“母”が連れて行ってくれた。
東京の御所は堀の向こうにあった。“都”の帝の御所に比べたらずいぶんと大きいと感じた。
自称“父母”はアカコに優しく接してくれ、東京の色んなものを見物させてくれたし与えてくれた。
中でも一番興味深かったのが彼らの書物である。はじめのうちは読みづらくとても苦労したが、慣れれば“都”の書物より読みやすい。誰が書いたものでも寸分違わぬ字を紙の上に表せる技術が東京では広く使われているのだ。
おかげで東京に来てからアカコは数えきれないほどの難しい漢字を覚えることができた。
そして驚きと懐かしさで涙がこぼれたことがあった。それは「源氏物語」が東京でも読まれているということを知ったときだ。
与謝野晶子という女が東京の者にもわかりやすい言葉で「源氏物語」を書き直したという。
名作というものは国を違えど伝わるものなのだと感心した。
こちらの「源氏物語」を読んでアカコは都のことを思い出しては涙を流していた。そんなアカコを見て自称母の恒子も泣くのであった。アカコは恒子を哀れに思うようになり、彼女の前ではなるべく「源氏物語」は読まないようになった。
いつか帰りたい。母は泣いているだろう。物語の続きを待っている友人小泉殿にも会いたい。彼女は幼いころから気の合う姉妹のように仲の良い友人だった。そういえば小泉殿に草紙を預けたままだ。
でも、帰り方がわからない。
もし、このまま帰れなかったら?
東京でどうやって生きていこう?
自称父母はアカコの世話をずっとやいてくれるのだろうか?
考えたくもないが、見知らぬ東京の男と結婚などさせられたりはしないか?
東京では「女流作家」という生き方があるという。与謝野晶子のような。
女が物語を書き、それを売って収入を得て一人で生きていくという。
都に帰るまでの間、「女流作家」として生きていきたい。そうしたら自称父母の世話にならずにすむだろう。万が一帰れなくても、見知らぬ男と結婚させられる事態を免れるかもしれない。
ここは東京、時は昭和十年代。
アカコは鈴木閼伽子という名で呼ばれている。