小泉殿との夢
アカコが書いたのは三巻までの部分なのだが、この写本は四巻以降もある。写本の中ごろに「巻四」と桐生の字で書いてあり、ついでアカコの知らない物語の続きが繰り広げられていた。そもそもアカコは巻号をつけていない。後の人がふりわけて巻号をつけたのだろうか。
四巻ではアカコが出家し東国に旅に出る話になっている。アカコが幼いころ、気ままに遠くへ行きたいと思い描いていた人生そのものだった。
誰が書いたのだろう?
まさか、小泉殿が”続き”を書いたのか?
アカコの作品に勝手に手を加えるなんて――。
「小泉殿、ひどい」
言いつつ、アカコは涙がこみ上げてきた。
◇◇◇
いつだったか、小泉殿と話したことがあった。「いつか二人で旅に出たい」と。
「都で生まれて、親の決めた人と結婚して、子供を産んで、都で人生を終える。私たち女の人生ってつまらない」
「いっそのこと二人で出家して思うがままに生きない?男なんていらなーい」
「それいいわね。二人で色んな所に旅しましょうよ」
二人の少女は叶うわけのない夢の話に花を咲かせた。
出家するなんて無理だ。親が許さない。出家できるのはもっと歳をとってからでないと。それまでは親の庇護の下、つつましく暮らさなければならない。
「私、結婚したくないの。もし、結婚しなきゃいけないのなら御所様(後深草院)がいい。でも無理だもの。だから、一生独り身でいたいの」
アカコは親友小泉殿には本音を話していた。一生独り身でいるなど父雅忠が許さないのはわかっていた。アカコはいつか誰かと結婚する。御所様以外の男と。
叶わない恋なのだ。
だから、せめて、自分で書く物語の中では、御所様と――。
小泉殿と夢の話をした数ヶ月後のことだったろうか、父雅忠は亡くなった。
父の死によってアカコと母は不安定な身の上になったのである。幸い頼りになる親戚がいたが、アカコは出家して気ままに旅をしたいなどとは言えなくなった。
母の老後を安定させるために一番良い方法は、経済力のある男とアカコが結婚することだ。
いつまでも少女ではいられないのだということをアカコは感じていた。
まだまだ子供でいたい。
でも、そういうわけにはいかない。
どことなく不安を抱きながら暮らしている中、楽しみは小説を書いて小泉殿と語り合うことだったのだ。
◇◇◇
小泉殿はアカコが牛車に轢かれた後、どんな人生を送ったのだろう。アカコがいなくなって泣いてくれただろうか。二人で出家するという夢は本当に叶わぬ夢になってしまった。
もしかしたら、四巻以降は小泉殿の人生が書かれているのかもしれない。小泉殿は出家して旅に出てアカコの夢を代わりに叶えてくれたのかもしれない。
物語の続きも、アカコの供養だと思って書いてくれたのだろう。
アカコは写本を最後まで読んだ。小泉殿がアカコの代わりに完成させてくれた物語だ。
全部で五巻。最終巻である五巻を読んだアカコは衝撃を受ける。
御所様(後深草院)の崩御の話が書かれていた。
わかっていたことだ。何百年も前のことなのだから。御所様はとっくの昔に寿命をむかえていることは少し考えればわかることだった。
でも、「御葬送」の文字が目に飛び込んできたとき心に荒んだ風が吹いた気がした。
「御所様」
幼いころ、お姿を一目見てから夢中になったアカコの偶像。
御所様はこの世にもういない。




