その旅人、骸骨にて。
スケルトンという魔物がいる。
死体が魔物となるケースは珍しくないが、スケルトンはその中でも珍しく骨そのものが動き出したものだ。
主に黒魔術や呪術により『生成』される魔物というのがゾンビやデュラハンなどの死霊系との違いと言えるだろう。
だが、村人からすればそんなものは当然関係なかった。
いくら社交的で金を渡す仕草を見せ、自分は村に近づかないとか言っていても耳に入らない。
魔物は魔物。襲われる危険性の方が高いのだ。
今の今まで話していた相手が魔物だったと知った警備の者の心中は察して余りある。
故に、
「ぎゃあああああああああああああああああ!!」
相手が叫び、何事かと他のものが集まり……人が人を呼ぶ大騒ぎになっても、スケルトン……遺骨屋を名乗った男はない肩をがくりと大きく落とす程度のリアクションしか見せなかった。
……ただ単に、表情が作れないからその程度の反応になっただけという可能性を考慮するものはここには当然居ない。
△ ▲ △ ▲
自身が無害だと証明するために、遺骨屋はその場に座り、両手を頭蓋骨の後ろへ持っていき馬車の隣へと座る。
「改めまして、スケルトンの遺骨屋と申します」
そして一礼。礼儀正しい所作に集まった村人の家数人が礼を返した。
頭を上げて村人を見わたし、遺骨屋は何から話すべきかと考える。
(家が15~20に対して集まったのは100ちょっと。いささか多いですね?)
先程警備の者が言っていた発言の中にも気になる所があった。
それを踏まえて話すべき内容を決めて、口を開く。
「遺骨屋とは、私……見ての通りスケルトンなのですが、その能力を利用しまして。死体の身元を探すことを生業としています」
そう言う遺骨屋の前に、一人の男が歩み出て教会の所属であることは疑いようがなかった。
こうなると面倒だ、と遺骨屋は思う。
教会は、対魔物。特に対悪霊系に関するプロフェッショナル集団だ。
遺骨屋本人は敵対するつもりもなく、教会には顔見知りも居るくらいには有効的なのだが、小さな村の教会にまで同じように接しろというのは無理があるとも理解していた。
一方神父も、何から話すべきなのか言いあぐねていた。
というのもまず目の前のスケルトンが敵対的でなく、むしろ聞いたことが無いくらいに理性的……そもそもとしてスケルトンが理性を持っているということ自体、神父からしたら初めての体験であった……である。
そして、遺骨屋とやらの仕事が本人が言うとおりであれば教会としても助かるところがあるのだ。
集団墓地のスペースは無限ではなく、またどうしても葬儀も雑になる。
彼らの身元がわかるのであれば、しっかりと埋葬をすることで無念による魔物化を減らすことができるのだ。
だが、魔物を村にどうぞと喜んで歓迎するわけにも当然いかない。
結果として、首にかけたロザリオを手で握り、いつでも迎撃をできる体制を取るに収まった。
それを見て遺骨屋もまずは一安心だ。
いきなりでも攻撃をされたのならば流石に危ない。
少なくとも、馬を護りながら無傷で逃げるのは無理があった。
だが、1つ懸念事項がなくなっただけで他にも問題は山積みである。
例えば荷台の中身。
これらも含めて誤解を招かないように説明することを考えると意識が遠のきそうになる。骨なので寝ないのだが。
一人旅をしているうちに何度もこのような場面に遭遇して入るのだが、未だに慣れることはない。
どう誤解を招かずに喋るかを考え、口からは「えーと」や「あー……」といった思案する言葉が漏れる。
すると村人もそれに怯えてビクリと後ろに下がったり、珍しげに見ていた子供が前に出てこようとして親に止められるなどといった光景が繰り広げられるのだ。
そうして1分程度経過し、言うべき内容がまとまる。
「村を今回訪れさせていただきましたのは、2つほど理由がございます。1つはもうこの時間です。馬が魔物に襲われないよう、こちらでお預かりしてほしかったということ。そしてもう1つなのですが……」
本当は馬を預けるだけだったのだが、この際もう一つ気になっていたことも内容に付け加えることにして、口を開く。
「この村の付近で、置き去りの死体などがないか確認したいと思いまして」
その発言に応えるように、村人の喧騒が止まった。
それを確認して、遺骨屋は根拠を述べていく。
「まず家の数。村の入口から見える範囲15から20軒。実際の村の規模を考慮しても30ということはないでしょう。対して、ここに集まった皆様方は100名前後といったところでしょうか。
夕刻ということで日中働いていた方々も、夜から働き出す方々も。皆一様に起きていらっしゃる時間帯だと思います。それを考慮しましても村人全員がこの場に集まるとは思えません。
そして、一件あたり4名と仮定しましょう。家の数を間を取りましてと見積もりますと、この村には100名村人が居ることになります。
この時点で、ここに居る方々とほぼ同数。家に残っている方々のことを考えますと若干多いように思いますね」
実際の所、全部の言えば4人暮らしということもないだろう。
そう考えるとまずます集まっている村人の数が異常に思える。
そして……
「先ほど、警備の方が私の取り調べをしようとした際にですね、こうおっしゃられました。
『今この村に怪しげなものを持ち込ませるわけには行かないのだ!』、と。
つまり、何かトラブルが発生した直後なのだろうと考えます。そしてそれは人の流入に関するような物事だ。権力者とお付きの方々が来ている、とか。
ですが、それにしては手練の方々が見渡す限りではお目にかからず、また言い方は失礼ですが……このような村にそのような方が来られるとは思えません」
では、どういった結論に至るのか。
「私も旅をしてきましたので、災害がこの近辺であったのならば気が付きます。火事などの騒ぎとしても、火煙は見ませんでしたね。
であれば人、あるいは魔物の手による被害が起きたのではないでしょうか。
野盗の集団の襲撃が近辺でありこちらに避難してきた、とか」
言いながら表情を伺うと、概ね的中していたのだろう。
周囲の村人の表情から悲痛な物が顔を覗かせている。
それを見やり、遺骨屋は再び口を開く。
「であれば、村を護るべく立ち上がった方々の死体が放置されているのではないでしょうか。
それらを回収し、正しく埋葬する一助として、私に仕事をさせていただきたく思います」
そうして指を3本立てて言葉を続ける。
「報酬は、私が戻るまでの馬の世話と銀貨2枚。私の馬に食べさせる干し草を少々。そしてこの村の近辺で取れた過去一番の大物の魔物の遺骨。以上でいかがでしょうか」
△ ▲ △ ▲
村人たちは結局遺骨屋を信用しなかったが、馬を一晩だけ預かってくれることとなった。
遺骨屋はそれに礼を言い、村の入口……警備の人と会話したところで、塀に背を持たれかけて地面に座り込む。
「……そうして見ると文字通りただの死体みたいだな」
顔を声のした方に向けると、先程悲鳴を上げた警備の者がそこに居た。
「私の監視ですか?」
「それが仕事なんでね」
牛革の袋に入れた水を飲み、遺骨屋にそれを差し出そうとする警備の人。
首を振って遺骨屋はそれを拒否した。
「骨ですので、飲んでも地面に帰るだけですよ」
「そりゃそうか」
そして沈黙。
互いに言葉をかわすような間柄でもなく、遺骨屋も警戒されているということを分かっている。
無闇矢鱈と親しくして怖がらせる必要もないため、口を開かない。
そうするとホー、ホーと。フクロウがなく声や狼の遠吠え。蟲師の鳴き声が聞こえてくる。
「自然豊かな村ですね」
遺骨屋が口を開いた。
すると、どこか誇らしげに警備の人はそれに答える。
「俺達の先祖……といっても、曾祖父さんの世代が山の中に開拓した村なんだ。
元々は、もう少し山間の……鉱山の近くに住んでたみたいなんだけど、どうしても環境が悪くて身体をダメにする人が多かったみたいなんだ」
「なるほど。療養地として自然豊かな場所を切り開いたのですね」
そこにいつしか人が集まって、村となった。
おそらくそういう流れで生まれた村なのだろう。
その推論が事実だと認めるように、警備の人はああ、と答えて言葉を続ける。
「だから、その鉱山近くの村とは未だに交流があったから互いに助け合いの生活を送ってたんだ。
石炭や鉱石をあっちで。食料品や水をこっちでって。けど……」
「鉱山に山賊が住み着いた、ですか? 鉱石を資金源とするために」
鉱山と言っても、規模はまちまちだ。
大鉱脈であれば大きな街とのつながりがあり警備もしっかりとされるものだが……取れるものも一種二種でりょうもそこそこ。言ってしまえば旨味がないようなところであれば、地元で消費される程度。
必然、人でも警護も、そして設備もたかが知れてる。
だから、少し数を揃えた山賊からしたら稼ぎやすいスポットなのだ。
遺骨屋の言葉を肯定する返事はない。
だが、警備の者は肩を震わせる。
「友人もいたんだ。けど連絡が取れない。こっちの村には来ていないなら、あっちで労働力として使われているか、殺されたかしちまったんだと思う。不安で、心配で。だけど、盗賊がこっちにまで手をのばすことを考えると、俺はここを離れられない」
その懸念は至極当然な物だろう。
金が満たされれば次は食料。欲望に底はなく、歯止めもまた聞かなくなっていく。
盗賊がこちらへ来ない理由がないのだ。
感情を抑え、護るべき人々のためにここにいる。
遺骨屋はそんな彼が気に入った。
だから立ち上がり、問いかける。
「あなた、お名前は?」
「……リュウ」
「ではリュウさん。前金として銀貨を1枚いただけますか?」
そう言って遺骨屋は立ち上がり、振り返る。
「私がこれから死体回収と現場確認に出かけてきましょう。成功したなら銀貨をもう1枚いただきまず。そして、先程掲示した条件を村の人達と話し合ってしっかりと提供していただきたい。
いかがでしょうか」
スケルトンは決して強力な魔物ではない。
どこからその自信が来るのかと、リュウは苦笑いする。
それに前金として銀貨1枚というが、村として出すならともかくとして、リュウが個人で出す額としては手痛すぎる出費だ。
そこまで自分が負担してやる義理があるだろうか。
そう考えるも……自分の懐からなけなしの銀貨を投げ渡す。
「頼んでも、いいんだな?」
「ええ。勿論」
肉もないのに機敏に立ち上がり、遺骨屋は堂々と言い放つ。
「私、これでもいい人ですので」
スケルトンが何言ってるんだか。
リュウは走り去る背中を見ながらそう笑った。