4
バルセロナの海は恥ずかしげもなく肉体をさらした男達が押し寄せており、目が眩みそうなほどの日差しと真っ青な海面を仰ぐ自分達に皆酔いしれていた。
たまには一人で散策でもしようと思い、ホテルの近くのビーチにきた。
近くのカフェで朝食代わりにタパスを三種類頼み、せっかくの休日なのでグラスビールも注文した。
ホテルのまずい朝食よりもカフェでローカルな食事をした方が賢明だ。
新鮮な海鮮を一人分で食べられるタパスは手ごろな価格で、僕の朝のお決まりメニューになっていた。
オリーブオイルとにんにくの利いた大味な海鮮はすっきりとしたビールに良く合う。
パラソルを一つレンタルし、ホテルから持ってきたタオルを砂浜に敷いた。スプレータイプのサンオイルを体に塗りたくりサングラスをかけ砂浜に横になる。
パラソルからはみ出た体の一部は燃えるように暑いが、日本に比べ湿度が少ないせいか不快ではない。
じわりと額に汗がにじみ腕で拭うが、その瞬間からまた吹き出るように汗がでてくる。
サンオイルの塗りが甘かったのか首の根元が真っ赤に炎症していたが、ホテルのシャワーを浴びるまで火傷していたのに気づかなかった。
久しぶりにアプリを開いてみるとたくさんの男からメッセージが届いており、近くで都合のよさそうなヤツを何人かピックアップし連絡を取り、二十歳のドイツからの旅行者と会うことになった。
ホテルへ彼を呼び出し、エントランスまで迎えにいくと彼はきまりが悪そうにホテルの入り口で待っていた。
あとで理由を聞くと宿泊者でもないのにエントランスに入るのを躊躇っていたらしい。
真面目でかわいい青年だった。
自室に案内し、彼が着ているカラフルなタンクトップを脱がせると良く鍛えられた腹筋が露になる。
ゆっくりと顔を近づけるとキツイ香水とミントが混ざり合ったような香りが漂う。ねっとりと舌を絡ませ、お互いに我慢ができなくなりベッドに倒れこむ。
日焼けで燃えるような皮膚がさらに火照り相手の体温なのか自分のものなのか判断ができなくなるほど激しくお互いを求めた。
シャワーを二人で浴びながら少し彼の話を聞く。大学生で友人とゲイプライドのパレードに参加するために来たらしい。この後も友人との約束があるためすぐに帰るそうだ。男の出身地やどうでもいい話は聞くのに名前や個人的なことを聞いたりはしない。1回きりの相手にパーソナルな質問をするのは野暮な気がするからだ。
ホテルの出口まで見送ろうと部屋のドアを開けると、隣の部屋からちょうど小林が出てきた。
あっと最初は嬉しそうな顔をした小林だが、僕の連れが目に入った瞬間、眼球から光が失われたように表情が暗くなった。
小林は軽く会釈をするとまた自分の部屋に戻っていった。
小林が酔いつぶれたあの夜、押し倒されてキスをされたがその後はなにも起こらなかった。僕はあの夜、彼の誘いを断り自分の部屋にすぐ戻った。
それからというもの気まずい雰囲気を感じ仕事の用事以外では連絡を取ることがなくなった。そんな状況が1週間続いている。
恋愛では自分の思い通りにいかないと嫉妬したり相手に落胆したりする。そんなことは全部自分の妄想であり、勝手に相手に期待しているだけだ。だから僕は特定の人とは関係を続けたくない。
正直なぜ世間の人が恋愛ごっこをして、連絡がこないから寂しい、早く会いたい、結婚の申し出をしてくれない。など勝手な自分の期待と理想を相手に押し付けるのか理解できない。時間の無駄とさえ思ってしまう。
今日みたいに若くて見た目の良い相手とその瞬間だけ求め合い、悪いことも悲しいことも一切ない時間を過ごす方がよっぽど生産的だ。
今の小林を見ているとあまりいい気分になれなかった。
スマホの通知音がなり画面を見ると、パブロからの連絡だった。今夜ゲイクラブで開催されるパーティーイベントへの誘いのメールだ。
クラブにでも行って気分を上げたかったので二つ返事でオッケーと送った。
夜のバルセロナは日中よりもだいぶ温度が下がりとも過ごしやすい空気になる。
クラブはパーティーのためバルセロナ中のゲイが集まっているのではないかと思うくらい。男達がひしめき合っていた。
パブロはドラァグクイーンの友人達と談笑をしていた。
彼女達は僕に会うなりguapo japones!(素敵な日本人ね!)と大げさに叫ぶ。
「ピンクのかつらをかぶっているのがサロープ・エリザベスで素敵な髭を蓄えてるのがミス・ファシストよ」
サロープは細身だが身長がぼくよりも十㎝は高くそのうえ足を大胆に出しピンヒールをはいている。
どうなっているのか知りたくも無いが、見事な谷間を作り出しコルセットで極端に細いウエストを作り出している。
ミス・ファシストは女性かと見間違えるほど綺麗な顔立ちだが、まるでヒトラーのような付け髭をつけており軍服にミニスカートという組み合わせをしていた。サロープに負けず劣らずスタイルは良かったが、より女性的な体型をしていた。
ドラァグクイーンを見るたびに彼女達の個性的な思想の主張方法に驚くが、しばらく話をすると根底には彼女達の背景に確固たる信念が感じられ、そんな彼女達を尊敬すらしていた。
マドンナの曲が流れると彼女達は「私の曲だわ」と叫びながらステージの方へ向かっていった。
バーでテキーラを4つ頼み僕とパブロで2杯ずつ一気に飲み干した。
爆音で流れる曲に合わせて僕とパブロは体を近づけて踊る。テキーラのせいか頭が酔いがすぐに廻りふらふらしながら流れる曲に合わせ男達の波にもまれていた。
気づくと体に手が伸びており、僕の体をいやらしくなでまわす。朦朧とした意識とあたりから漂う男達の色香にハイになる。
僕は本能の赴くままに唇を交わしTシャツを脱ぎ男達の海で踊った。
朝目覚めると自分のホテルでは無いことにきづく。横にはよく日に焼けた褐色の背中が見える。
頭が痛い。「水・・・」と小声でうめき声のような声で言うと。
褐色の壁がこちらを振り返った。
「ヒロさん水がホシイの?もってきてあげるヨ」
ベッドからのそっと起き上がりパブロはミネラルウォーターを僕に渡した。
水を飲む僕に絡みつき頬にキスをしてくる。
まだ意識がはっきりしないが昨日の夜は気分が悪くなりパブロに介抱されたんだろう。
そしてお互い裸でベッドにいるということは、そういうことだろう。
居心地の悪さを感じ、そそくさと帰る準備をし部屋を出ようとする。
「マタ楽しもうネ」
と楽観的な笑顔でパブロは僕を見送った。
ホテルに帰ると小林からの着信が昨日から立て続けにあったのに気づいた。
仕事の用事だと思い直接隣の小林の部屋をたずねようと、ノックをする。
そこからでてきたのは見知らぬ男だった。
「すみません部屋を間違えました」
と英語で謝り、とっさにドアを閉じようとすると、後ろから「近藤さん違うんです!」
と小林の声がした。見知らぬ男の背後から小林が顔をのぞかせる。
「準備ができたら呼びますから待っていてください!」
と皺くちゃなベッドを整えながら大きな声で小林は言った。
どうやら小林も男を連れ込んでいたらしい。
なぜか僕はこの状況をみて安心した。それは多くのゲイのように自分の欲求に素直に従い、愛だの恋だの言いつつも結局は一人に相手を絞ることなんかできずに欲求に負けてしまう。
小林も僕と同じ仲間なんだと思ったからだ。僕だけじゃない。皆そうなんだ。
小林からのLINEを受信し、僕は部屋にはいった。
「すみません、なんか恥ずかしいところ見られちゃいましたね」
「じゃあ昨日僕が男を連れ込んだのを見て、恥ずかしいところを見たと思ったのか?」
すこし意地の悪い返しをすると、小林の顔が曇る。
「いやそういうことじゃ・・・」
「冗談だよ、普通だろ。うちらの世界だったら別に一夜の相手なんて珍しくもないだろう」
「そんなことないです」
「じゃあ小林は今回が初めてとでも言うのかよ」
と笑いながら返すと、神妙な面持ちで小林は顔を縦に振った。
「実は僕が酔いつぶれた夜、近藤さんに拒まれたこと覚えているんです。それで昨日の近藤さんが男を連れ込んでいるのを見て、あぁ他の男とはSEXできるけど僕とは一夜限りすらもできないんだなって理解したんですよ。それでそのことを忘れようと初めてアプリを使ってみたんですね。でも結局何も出来ませんでした。僕やっぱり好きな人とじゃないとしたくないです。」
たしかにアプリを開いても小林の姿がなかったのはそういうことだったのか。こんな純粋なゲイがいまだに存在するのかと驚きつつも、小林の真っ白なキャンパスに自分の色をぶちまけたいと思ってしまった。
小林が僕の太ももに手をするりと移動させてゆっくりとさすってくる。だんだん顔が近づき、まるで赤ん坊のような甘いミルクの香りをふわりと感じた。肌は柔らかく無駄毛の一切ない体はまるで少年のようだった。
すーすーと寝息を立てる小林の顔は本当に幸せそうだった。
その時急に頭痛がした。いままでなんとも無かったのに、痛かったことを思い出すとどんどん頭痛はひどくなっていった。
性欲は一種の鎮痛剤で一見すると痛みを伴う行為も性欲に変換されてしまうことが多々ある。それだけ性欲は人間の判断をいい意味でも悪い意味でも鈍らせてしまう。
常備薬を取りに急いで自分の部屋に戻るとかなり疲れていたのか、薬を飲んだ瞬間そのままベッドに倒れこむように意識をなくした。