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バルセロナでの仕事は思いがけずスムーズにいった、戦力外だと思っていた小林が意外にも良い働きをしたからだ。私が工場の視察をしている間に、買い付けを済ませ、バルセロナ支社のメンバーとも軽い打ち合わせをしていてくれた。

日本で働いているときはいつもダラダラと何もしていないように見えたが、できる奴ほど自分の苦労をヒトに見せないというのは本当のようだ。

だが、小林が僕に気があるというのは明らかで、仕事がひと段落着くといつも夜の街に誘われた。

もちろん全て断り、小林は日本で知り合ったスペイン人のパブロと夜な夜な遊んでいるらしい。


仕事が忙しくて観光などはできていなかったが、ひと段落つきあたりを見回すと、なかなか良い町である。

ビーチが近く、店は夜中の2時を回っても賑わっている、その代わりに朝は遅くランチの時間になるとやっと店があく。人々は皆陽気で町中にカップルが手をつないでたりもする。

ちょうど僕らが行った時期がバルセロナのゲイプライドの時期と重なっていたためだろうか。

レインボーの装飾がされた旗や看板などが所狭しと町中にあふれている。

バルセロナでは同性婚がもちろん認められており、LGBTQに対してとても寛容だといえる。


小林が思いもよらぬ働きをしてくれたため、あとは2ヵ月後の帰国まで週に1回程度会社に訪問するだけでよくなった。

これは嬉しい誤算だった。だが、会社からの指定で小林とはホテルが隣同士、しかも毎週本部に送る報告書を一緒につくらないといけないので、実質小林との2ヶ月間のバルセロナステイをしなければならない・・・。


「近藤さんサウナ行きました?バルセロナってたくさんサウナがあるみたいですよ~?もちろんゲイサウナも」


夜な夜なパブロと歩き回ってるだけあり、小林はバルセロナ市内にだいぶ詳しくなっておりバルセロナのナイトライフを案内したいといい始めた。

正直、日本にいるときよりも小林に対する嫌悪感が薄くなっているのを自分でも感じていた。意外とよく働き遊ぶときは全力で楽しむ。少ししゃべりすぎだが、無口なよりはいい。気もよく利くし同僚としては悪くないかもと思い始めていた。

「そうか、じゃあ明日はバルセロナ観光でもしようかな、でもサウナは一緒にはいかないよ。小林が誰かと色々やっているのは見たくないしね。」

小林は不適な笑みを浮かべ

「見たくないなら僕達で色々やって見せつけてやりましょうよ~!」

僕の引きつった顔をみて小林は「冗談ですよ~」と付け加えていつもの調子で僕をからかう。


朝からテンションMAXの小林とバルセロナの名所を歩き回り僕が目をつけていたレストランでランチをした。

ランチといっても14時になっていたが、スペインではこのくらいの時間が普通のようだ。

時間の流れがゆっくりとしていて、自分達も時間を忘れてしまう。


僕は念願の本場のパエリヤを食せて、悦に浸っていた。

新鮮な魚介類からでる濃厚なスープで炊かれるサフランライスは日本で食べたことのあるパエリヤとは一線を画していた。米は芯が残っているが不快な感じはせず、たまにある米の焦げ目と大きなエビと一緒に食べるとサクサクとジューシーが同時に口に押し寄せてくる。

口に残った魚介の風味をスペイン産のワインで流し込むとあっという間に4人前はあるであろうパエリヤを二人で食べ切ってしまった。

たしかに男二人だからこそ楽しめる食事の仕方もあるなと、以前はシオリとの上品で質の高いレストランめぐりをしていた時とのコントラストを楽しんでいた。

「近藤さんって食事のときは本当に幸せそうな顔しますね。ぼくと二人きりだといつもムスっとしているのに!」

自分では気づかなかったが食事中だけは感情を隠せなくなるらしい。これはいつも僕を見つめ続けている小林だからこそわかった新しい発見だ。

今日のガイドのお礼に僕が食事を奢り、まだ飲み足りなかったこともあり、近くのゲイバーに行くことにした。

夕方だったがゲイパレードもあったため思ったよりも客入りが良い。小林は電話してくるといったきりカウンターにはまだこないので、ジントニックを自分の分だけ頼んで小さいテーブルに場所をとっていた。


「hey are you japanese?(君って日本人?)」

少し酔った面持ちの三十代後半くらいの白人が声をかけてきた。爽やかなブルーのポロシャツから伸びるたくましい腕。薬指にはシルバーのリングが光っていた。

どうやら日本で働いていたことがあるらしく、俺は日本人の顔を見分けることができると自慢げに僕に話しかけてきた。


「一人なら僕と一緒に飲まないか?旅行できたのかい?」


小林も戻ってこないので暇つぶしに彼と少し飲むことにした。

普段ならこの手のナンパにはのらないのだが、彼のカジュアルな中にも洗練された服装やインフォーマルな高級ブランドの時計をつけているセンスに興味を持った。


よく見るとなかなかの男前だった。彼の名はアレックス。ブロンドの髪に青い目、白い肌。どうやら彼は南フランスのマルセイユ出身らしい。バルセロナで今のパートナーと婚約したのをきっかけに移住。

彼らはオープンリレーションシップなので、パートナーを気にすることなく外で男とデートをしたり、たまには彼のパートナーと彼のデート相手三人で夜を楽しむこともあるらしい。


日本ではあまり聞かないが、アメリカ・ヨーロッパでは特に珍しくなく、むしろ最近のカップルのマジョリティーな関係になりつつある。


「君はボーイフレンドいないのかい?」

なんでみんな揃いもそろって彼氏の存在を気にするのだろうか、まさに今僕は三十代半ばにして結婚をしていない女子の気持ちがわかった気がした。まるでみんな僕が嫁に行き遅れているかのような扱いをしてくる。

「今はまだ特定の人を作る気はないんだ」

とおきまりの台詞を吐いた。本当に欲しくないのかと聞かれれば、出来るものなら欲しいと言ってしまうだろう。

だが、一人の時間が減ってしまったり、他人に振り回されて嫉妬したり、被害妄想をするのは時間の無駄だと思ってしまい、三十代目前にして恋愛をするのも億劫になってしまった。

まだ僕には他人と時間を共有する準備ができていないと言い聞かせている。


二杯目のカクテルを頼もうとバーカウンターに向かうと小林が戻ってきていた。

「近藤さんどこに行ってたんですかぁ~?探したんですよぉ」

と既に何杯か引っ掛けた様子で、薄ピンク色になった肌で僕に声をかけてきた。さっきまで話をしていたアレックスは後ろを振り向いても姿はなかった。

「現地の人に声をかけられたから少し一緒に話をしていただけだよ。」

「ナンパですかぁ~?近藤さんスペインでもモテモテですねぇ!まぁ僕にはパブロがいるからいいですよ!」と頬を膨らませ小林は奥ののソファー席に目を移した。


タバコ?いや大麻だ。煙を吹かしながらだらけた姿勢でパブロがソファーに腰掛けていた。

なるほど、どうやら小林はパブロに乗せられてアルコールと大麻を同時に摂取したようだ。


僕も初めてオランダに行ったとき出会った男に大麻とビールを飲まされ、レイプまがいなことをされそうになったことを思い出した。幸い僕は大麻があまり効かない体質だったため、すぐに逃げ出したが、小林はどうみてもハイになっている。


バーカウンターでテキーラを注文する小林を横目に見ながら、パブロの横に座る。

「コバヤシ君はヒロさんの事が好きみたいよ」

パブロは半開きの目をこちらに向けながら小さくつぶやき、話を続けた。

「そんなの見てればわかるよ」

「そうか、でもコバヤシ君はホンキみたいよ」

パブロの話によると、小林は僕の足手まといにならないように出国前からバルセロナ支店の資料を集め、コンタクトも既にとっていたらしい。パブロに頼みバルセロナに着く前からバルセロナのローカルの情報などもまとめた資料を作成したおかげで今回の仕事はスムーズにいったのだった。

今まで抱いていたイメージとは違う小林の行動に少し胸が動く。


千鳥足の小林が戻ってきた。

「今度はパブロとばっかり話して!そうやって近藤さんはいつも無視するんですよねぇ。こんなに僕は好きなのにぃ!」

酔った勢いで雑な告白をする小林。会社では器用そうにみえていたが恋愛に関して不器用なようだ。


「近藤さん覚えてますか?僕が新入社員の時、契約書の作成でミスして納期が遅れたアメリカからの商材を現地にいた近藤さんが根回しして直接本社に送ってくれたんですよぉ。近藤さんが帰国して本社に戻ってきたとき目が眩みそうになりましたよぉ素敵すぎて!そのときから僕は近藤さんの大ファンだったんですよぉ!」


いままで忘れていたが、小林が新入社員のときは僕と同じ部署にいた。そしてアメリカ出張の際に若手のミスは先輩の責任だとか言われて面倒くさい処理をさせられた記憶が蘇る。たしかあのころはまだ彼氏がいたな・・・。


小林がこれ以上酔った上にハイになるのは流石にマズイので、ホテルにつれて帰ることにした。


タクシーの中でも僕に寄りかかりうわごとのように「なんでいつも僕はぁ~」と同じようなことを

繰り返し言っていた。

小林のカードキーをバックから取り出しベッドまで肩を抱いて運ぶ。水を一杯飲ませベッドに横になった小林を確認したので自分の部屋に戻ろうとした。


後ろから強い力引き戻され、ベッドに倒れこんだ。気づいたときには唇に柔らかい感触とテキーラと質の悪い大麻の香りを感じた。


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