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港区にあるマンションから会社まではそこまで遠くない。僕は割りと見た目や体裁にこだわるタイプだと思う。

家もタワーマンションだし駅も会社も都心も近い。

無意識に出来るヒトと思われたいのかもしれない。独り身だけど人生を謳歌し自由に世界を飛び回るビジネスマン。それが僕の成功のイメージ。それに近づけようとこの5年間がむしゃらに働いてきた。

それが本当にやりたいことなのかも考えずに。


この日は次のスペイン出張についての会議があった。

今回もシオリと僕でスペインにいって、さくっと終わらせておいしい食べ物でも食べ、スペイン人達と国際交流をし出張を楽しもうと思っていた。

次の部長の一言で僕の楽しいスペイン出張計画は台無しになった。


「今回スペインのバルセロナ支店視察、商品買い付けについての担当は近藤と小林だ」


えっ?小林?小林ってあの僕の一夜の相手を奪い、その後も会社で気安く喋りかけてくる、お調子者の僕が苦手なタイプの小林?

なんでシオリじゃないんだ。


「なぜ今回は小林さんなんですか?花巻さんと私はいつもパートナーで、しかも今回は花巻さんに地の利があるヨーロッパ圏ですよ?」


僕は動揺を隠し切れず思わず上司の採択に反論してしまった。

周りの視線が一気に僕に向けられる。これはまずい・・・。

そんな中、小林だけが微笑みながら僕を見つめていた。


やられた。出張担当を決める部署は総務部だ。

僕がゲイだと判明した瞬間に小林は明らかに僕に対する態度が変わっていた。

毎日どうでもいいこと話しかけてきたり、帰り際に飲みの誘いや、勤務中にもゲイ関連のことをほのめかせる話題をぼくに振ってきたり、目的はわからないが僕の気を引こうとしているのは目に見えてわかった。


だが今回の件で小林の目的がわかった。あいつは僕に気がある。

だから旅行気分で3ヶ月も僕と一緒に過ごせると思い、上司に今回の出張担当になれるよう掛け合ったんだろう。

こういうめんどうなことになるから社内ではバラしたくなかったんだ・・・。


会議が終わると小林がぼくに駆け寄ってきた。


「近藤さん楽しみですね~ぼく始めての出張なんでいろいろ教えて下さいね。あっそういえばちょうど僕らが出張しているときパブロもバルセロナに帰国しているみたいですよ~今度こそ3人で楽しみましょうね。」


仕事を私物化しているタイプの人間は嫌いだ。僕も出張は楽しんでいるが、それは仕事をしっかりこなした上での話しだ。そのためいつもシオリと入念なミーティングをして確実に早く仕事を終わらせて余った余暇でいつも楽しんでいた。

だが小林のような人間は自分で動くよりもヒトを動かして利益を得るタイプだ。

単純に僕の負担が増えるのは自明の理だった。

だいたいこいつのアウトフィットも好きじゃない。スーツとネクタイの色があっていないし、スラックスの丈も今の流行よりも長い、髪型もいかにもゲイという感じで、没個性だ。

僕はひとつでも嫌いなところを見つけると追い討ちをかけるようにそのヒトの嫌なところ次々と作り出していく。

そうやって自分のほうが上であると思い込み安心できるからだ、自分はこうじゃない、自分は個性的で成功している、ヒトとは違うんだ。僕は特別だ。


総務部の決定は私には変えることはできず、憂さ晴らし今夜はシオリを飲みに誘った。


「実はヒロに言っておかないといけないことがあるんだけど」

「もしかして会社やめるの?彼氏と別れた?今ほんとに僕落ち込んでいるからもっと刺激の

強い話して慰めてよ」

あきれた顔をして首を横に振ると

「あたし妊娠したみたい」

ここで僕は完全に理解した。今回の出張担当の決定や、なんで飲みにきているのに酒好きのシオリがスパークリングワインで一緒に乾杯しなかったのか。

「あーそういうことだったのかー」

とほろ酔いになりながら投げやりに言った。

シオリが不満そうな顔をしていたので、思い出したかのように、おめでとうと上の空でシオリの表情に答えた。

「小林君があんたの苦手タイプっていうのはすっごいわかるよ、私も苦手だし。でも仕事なんだからそこは割り切ってなんとか三ヶ月間乗り切りなさいよ。」

厳しいがごもっともな意見をシオリは僕に浴びせ、なだめるように続けた。

「仕事もそうだけどなんでも計画通りにはいかないものよ。」

真剣な表情に変わったシオリを見て僕は気づいた。

シオリの妊娠ももしかしたら予期せぬもので、自分の思い描いていた計画が狂ってきたのかもしれないと。

よく考えたら子供を授かるということに比べれば、たった三ヶ月の楽しい出張計画が崩されたくらいで落ち込んでいる自分に羞恥心を覚えた。


シオリは僕よりも男らしいなと思うことが多々ある。きっと子供を産むということは今のフランス人の彼氏と国際結婚することになる。様々な壁が今もこれからもあることに愚痴も言わずにただ現実を受け入れていた。多くは語らずただ今この瞬間に最善の方法を考えている。


僕は腹をくくって今回の出張は今までとは違い楽しみを排除し仕事だけに専念して一国も早く日本に帰ることを優先しようと決めた。そして帰ってきたときにはシオリに新しい家族ができているだろう。


日本なのになぜか日本のような感じがしない、まるでここだけ異世界のようだ。

RIMOWAのスーツケースをカートに乗せ、搭乗の手続きをしていた。


小林は私よりも遅れて到着し、チェックイン後ロビーで待ち合わせることにした。

今は窓口にわざわざいかなくともオンラインチェックインがあるため、長い列に並ばずともスムーズに手続きができる。

なるべく小林と一緒に時間を少なくしようと席も離し、わざと早めに空港に来た。


搭乗口ロビーで小林と落ち合い軽く打ち合わせをしたら僕はすぐに飛行機に乗り込んだ。席につき常備薬の睡眠導入剤を飲み、直ぐに眠りに落ちる。

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