初めてのお散歩
この前、ママンの前で歩いて見せたら、泣いて喜び「お散歩に行きましょう!」と興奮した様子で俺に迫ってきた。
あまりの剣幕に、精神が大人の俺でもちびってしまうかと思ったほどであった。
まあ、俺も外に出てみたいと思っていたのでちょうど良かった。
ママンと手を繋ぎながら家を出ると、周りは森だった。
木の葉が青々と茂っていることから、日本で言う夏あたりになるのだろうか?
森の中だからなのか、そんなに暑いという印象はなかった。
というか俺はこんな場所に住んでいたのか。
ずっと魔力量増加に専念してたから全然気付かなかった。
キョロキョロと辺りを見回す俺の様子がおかしかったのだろう、ママンは微笑みながら口を開いた。
「ふふ、クルトは外に出るのは初めてだったわね。この先に村があるから、そこまで行きましょうか。」
そう言って、ママンは俺の小さな歩幅に合わせるようにゆっくりと歩き出した。
足元に気を付けながら獣道を歩いて森を抜けると、舗装されてない砂利道のような道があった。
その道がどこに繋がってるのか目で追っていくと、木で出来た柵で周りを囲まれている村があった。
そこまでゆっくり歩いていき、柵の内側に入るとママンが話しかけてきた。
「クルト、ここはマカ村っていう村で王都に一番近い村なの。だから物資の流通の要と言っても...ってクルトに言ってもまだ分からないかしら?」
ペロッと舌を出してママンは笑った。
元々は美しいという雰囲気のママンだが、今のはとても可愛かった。
それにしても何でここに住まないのだろう?
物資が多く流通しているなら生活に不便はないはずだ。
それを態々、マカ村から離れた森の中で人目につかないようにひっそりと暮らすなんて、誰かから逃げているようではないか。
もしかして本当に逃げているのだろうか?
うちの状況は色々と分からない部分がある。
暮らしぶりは豊かそうなのに、家は小さい。
ママンの料理が関係してるのかもしれないが、家が小さいのに使用人のナナがいる。
そして一番に父親が姿を見せない。
ママンが未亡人って可能性もあるが、普段のママンの口ぶりから父親は生きていると俺は思ってる。
妻子を放っておいてダメな大人だ。
どんな事情があるか知らないが、奔放すぎるだろう。
しかし、ママンは父親に惚れ込んでいるようで、「あの時ハンスが~」という話を耳にタコができるくらいに聞いて、こちらはうんざりである。
人の惚け話ほど聞きたくないものはない。
とにかくママンとナナ以外の人を久しぶりに見た気がする。
人の数を見るに、村というより街に近い気がした。
それほどまでに活気に満ち溢れているのだ。
俺は人混みが危ないということで、ママンに抱きかかえられながら街並みを見渡した。
ママンの胸の柔らかい感触が感じられるが、流石に母親には欲情したりしない。
俺はケジメがしっかりできる大人なのだ。
ふと目に入った人に釘付けになった。
耳だ。
頭の上に猫耳がついている。
気になったので、その人を指しながら、わざとらしい片言でママンに聞いた。
「みみ、あたま。」
「クルトは獣人が気になるのね。あの人は猫の獣人よ、ここら辺では珍しいけど王都に行けば様々な種類の獣人がいるの。」
へえ、益々ファンタジーだな。
ということはお約束的にエルフとかもいるのだろうか?
獣耳だからと言って興奮する俺ではないから、コスプレしている人にしか見えない。
そのくらい、頭に猫耳が付いていること以外は普通の人間と変わらないのだ。
ママンは俺に見せるようにゆっくりと通りを歩いてくれた。
そこで目当ての物が見つかったので、興奮した様子でママンに伝えた。
「ほん、ほん!」
「本が読みたいの?それじゃ見てみましょうか。」
そう、俺は本を探していた。
それも魔法のことが載った本である。
それは独学でやっていることが正しい事なのか知るためである。
間違ったことや要領の悪い方法をやっているなら、改善しないと効率が悪いと思っていた。
また、具体的な魔法の発動条件を知りたいと思っていたというのもある。
俺が住んでいる家には、そういった類の本が無かった。
そのため、確かめる手段がなかったのである。
「いらっしゃいませ、何をお探しでしょうか?」
「この子が本に興味を持ったので寄らせてもらったの。」
「これはこれは、お母様に似て利発そうなお子様ですね。」
「そうでしょう?可愛くて可愛くてしょうがないのよ!」
「そ、そうですね。」
店員さんよ、ママンに俺と父親の話はNGですぜ。
このように人が変わっちまうのさ。
使用人のナナでさえドン引きすることがあるくらいなのだ。
これに懲りたら話題に出すのはやめてくれ。
水戸黄門の印籠のように見せびらかされる俺の身が持たねえ。
俺は目が合った店員さんに、そう念じた。
「適当に見繕って来ますね。」
店員さんは店の奥に逃げるように引っ込んだ。
ママンはそれに気づかない様子でベラベラと俺の魅力について語っていた。
ママンよ、その体勢は疲れないのかね?
両手に俺を抱えて突き出し続けるのは結構きついと思うのだが...
しばらくして店員さんが戻ってきた。
「こちらなんかはどうでしょう?子供の読み聞かせに、よく用いられるものばかりです。」
「クルト、どれがいい?」
表紙を見る限り、本当に幼児向けの本ばかりであった。
俺の目当ての本ではないので、そっぽを向いた。
「気に入らないみたいね。」
「そうみたいですね、他にどんなのがあったかな...」
このままでは幼児向けの本しか勧めてきそうにないので、言葉に出すことにした。
「まほう。」
「クルトは魔法の本が読みたいの?」
「うちには専門的な難しいものばかりしか置いてませんよ?」
「まほう!」
「ちょっと持ってきてもらえないかしら?」
「分かりました。」
しばらくして店員さんが何冊か本を持ってきた。
「持ってきましたが、どうでしょうか?」
どれも魔法関連の本であった。
『魔法の使い方講座~これであなたも宮廷魔術師~』『ゴブリンでも出来る魔道具の作り方』『付与魔法の極意~これで男の夢を叶えよう~』『マジック・ブート・キャンプ』
どれも好奇心を擽るものばかりだった。
その様子にママンは気付いたのだろう。
「クルトも気に入ったみたいだし、全部貰えるかしら?」
「いいんですか?どれも専門的なもので結構な値段しますよ?」
「構わないわ、クルトにはやりたい事をやらせてあげるって決めてるから。」
「かしこまりました。全部で金貨5枚と銀貨50枚ですが、お母様の心意気に免じて金貨5枚におまけします。」
「ふふ、ありがとう。」
「またのご利用をお待ちしております。」
日本円で55万もするの!?
てっきり1万円くらいかと思ってた。
とてもありがたいが、それをポンと出してしまうママンって...
本は手に入れることが出来たが、うちがどういう家庭なのか益々分からなくなった俺であった。
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