こんな死に方は嫌だ
来い、と意気込んで待つが、電車が一向に来ない。
あれれ~、おかしいぞ?さっきまで聞こえていた電車の音が聞こえないではないか。
恐る恐る視線を向けると、電車は俺のだいぶ手前で止まっている。
最近は電車も、車と同様にアイサイトでも搭載しているのでしょうか?
はぁ...
返してよ!俺の覚悟と期待をさ!
カッコつけて辞世の句なんかも詠んじゃったよ!?
見てよ、あのホームから俺を見下すような女性の目。
汚物にも向けないような冷え切った目だよ?
「はぁ?何してんのこいつ。頭沸いてんじゃねぇの?」って言ってる目だよ?
あんな目をした女性のいるホームに、「生きてました、テヘペロ。」みたいな顔で戻ってみなさいよ。
速攻で家帰って、首を掻き切って死にたくなるから。
今でさえ、異世界転生しなくていいから早く死にたい、と思ってる俺が言うんだ間違いない。
はぁ...
これからどうしよう?
いっそ本当に死のうか?
苦しい生活から解放されて、あの女性の視線からも逃げることが出来る。
一石二鳥じゃないか。
そう考えるとすごく魅力的なことのように思えてきた。
決してあの女性の視線から逃れることが一番の理由ではない。そう決して...
そんな悲壮感に打ちひしがれていると、駅員さんが線路の上に倒れている俺に駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です、疲れてたのか倒れてしまって。」
「救急車呼びますか?」
「そこまでしなくて大丈夫です。ご心配をおかけしてすいません。」
俺は気怠い体に鞭打って起き上がり、気丈に振る舞った。
実際は全身の至る所が悲鳴を上げて、どこが痛いのかすら分からなかったが...
「分かりました、お話を伺いたいので付いてきてもらえますか?」
「電車止めちゃったんですからしょうがないですよね。」
「はい、ですのでお願いします。」
「分かりました...」
俺はそう言って肩を落とした。
賠償金いくらくらいだろうか?
貯金で足りるかな?
下手したら借金生活か...
そんな未来のない考えをしていると背筋が凍る思いになった。
そうすると当然...
「すいません、トイレ行っていいですか?安心してください、逃げるとかそういうんじゃないんで。」
「はは、私も逃げるとか考えてませんよ。生理現象ですから仕方ありません、どうぞ。」
良かった~。
小便もさせてもらえないことになったら、ここで漏らしちゃうとこだったよ。
生き恥の上塗りだけは避けられた。
あの女性に視線だけで殺されるとこだったよ。
本当に良かった~。
はぁ...
駅員さんに連れられて、トイレに俺はいた。
「ここで待ってますから、ごゆっくりどうぞ。」と送り出す駅員さんの優しさに、思わず涙が出そうになったのはここだけの話だ。
人の優しさに触れたのはいつ以来だろうか?
会社では上司にいびられ、自宅の布団を「今日も駆は頑張ったね、私が慰めてあげる。」と言って抱きしめてくれる女の子だと妄想して、枕を涙で濡らしているくらいに優しさに触れてない。
きもいとか思うなよ?
そうしないと爆発して凄いことになって、犯罪とか起こしちゃうかもしれないだろ?
それを俺は未然に防いでいるのだ、えっへん!
言ってて悲しくなってきた...
マジで人生やり直したい。
チートな能力なんていらないさ。
やり直せればいい。
後は自分でどうにかするからさ。
神様、お願いだよ...
こんな事を考えながら放尿してる俺って、かなりシュールじゃね?
マジで頭がおかしいんじゃね?変なとこ打ったか?
つーか、さっきから頭がくらくらして...
目の前が二重、三重とぶれて...
えっ、まさか死ぬの!?
魔法使いである俺の杖を出したまま!?
駅員さんに「詠唱途中で亡くなってしまったのですね...」なんて言われるの!?
嫌だぞ!
何としてもそれだけは回避せねば。
俺はなんとかして丸出しの杖をしまおうとするが、体が言うことを聞かなかった。
代わりに俺の体はバランスを崩して、自分が杖を向けていた便器に倒れていく。
これはまさか...
そう、俺は杖を出したまま、頭を便器に突っ込むという最悪の状態で意識を失った。
そして二度と須川駆として目が覚めることはなかった。
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