剣聖
俺は屋敷で丁重にもてなされていた。一歳の子供には食べ切れない量の豪華な食事に、駆けまわれるほどに広い部屋、宝石を散りばめられた動きづらい服を着せられて、上座と思われる椅子に座っていた。絵画に出てきそうな長机に、髭をたっぷりと蓄えたおっさん達が座り、こちらを凝視していて居心地が凄く悪い。
準備が整ったとばかりに、俺の隣にいるポークビッツ・ミートリッジ公爵改め、豚男は口を開いた。
「皆の者、待たせて悪かった。遂にこの時が来た。クルト様が決心してくださったことによって動き出すことが出来る。我々でこの腐敗しきった王国を立て直すぞ!」
やっぱりクーデターか。薄々そんな感じがしてたけどさ、そんな簡単にいくものかね?公爵がどれだけ力を持ってるのか知らないけど、一国を相手取れるものなのかね?俺には出来るとは思わないな。まあ、ストレス発散の的になってもらおう。どうしてくれよう?
そんな事を考えていると、俺達のいる部屋の扉が開き、一人のサングラスをかけた隻腕の男が入ってきた。
俺は、その男の姿を見た瞬間にストレス発散とかどうでも良くなり、逃げ出したい衝動に駆られた。
なんだあれは!?人間じゃない!目の前にいる訳じゃないのに威圧感と言うか存在感が違う。本物の化け物だ。周りのおっさん達は何で平気そうにしていられる!?
そんな風に冷や汗をかいていると、隻腕の男は俺の方に顔を向け、獰猛な笑みを浮かべた。
俺は心臓を直に握られる幻覚に襲われた。
俺のそんな様子に気付かずに、豚男は口を開く。
「我々には、今入ってきた剣聖のゼイラクス殿が付いている。これで我々に敗北はない!」
前言撤回だ。あの男が居るなら、クーデターでも何でも出来る気がする。実際に見なくても分かる、今まで見てきたどの人間よりもあの男は強い。あの男にかかれば、この部屋にいる人間は俺を含め、文字通り瞬殺だろう。
はあ、これで俺の人生も詰んだな。クーデターが成功して、豚男の操り人形となるのか。豚男の操り人形とか気持ち悪っ!豚男が人形遊びしている姿を想像してしまった。とにかく碌な人生じゃないな。
これからの展望に絶望していると頭の中に声が聞こえた。
(はっはっは、やっぱりおもしれえなお前!)
俺は声の主を探そうと部屋の中を見渡すと、例の男と目が合った。正確にはサングラスをかけているので目が合ってるのか分からなかったが...
(声には出すなよ?頭の中で念じれば会話が出来る。)
言われた通りに頭の中で念じてみた。
(こうですか?)
(そうだ、飲み込みはえーな。本当に一歳か?)
(い、一歳ですよ、それよりどういうことですか?)
(安心しな、俺はお前を助けるために来ただけだ。お前の考えてたようにはならねえよ。)
(ど、どこから聞いてたんですか?)
(人形遊びからだ。)
(一番ダメなところじゃないですか!)
(俺も思わず鳥肌立っちまったじゃねえか。)
(自業自得ですよ。)
(何だ、その言葉?聞いたことねえが?)
(自分の行いの報いを自分が受けるという意味ですよ。それより貴方は誰ですか?)
(公爵様から紹介された通り、剣聖ってのをやってるゼイラクスっていう者だ、よろしく。)
(これはご丁寧にどうも、私はクルトと申し...って本当に剣聖なんですか?いや、疑ってるわけじゃないんですよ?ただ、イメージと貴方の姿が合わないというか何というか。)
(えらく物腰が低いな。まあいいや、俺もやりたくて剣聖になった訳じゃねえからな、お前の言いたいことも分かる。俺に似合わねえよな?)
(いえいえ、よく見てみればワイルドな顔立ち、隆起した筋肉が服の上からでも分かる鍛えられた肉体、どんな敵からでも守ってくれそうな包容力を持っていて剣聖の名にふさわしいと思います、へへっ。)
(やめろ、気持ちわりぃ!さっきより鳥肌立っちまったじゃねえか!)
(お前、俺にそんな口を利いていいと思ってるのか?)
(急に横柄になったな!?お前には中間がねえのか?)
(ナイスツッコミありがとうございます!いやー、今までボケ一辺倒で困ってたんですよ。)
(俺はお前のツッコミ役じゃないからな!?)
(またまた~、さっき僕を助けに来たって言ってたじゃないですか~?)
(そういう意味じゃねえよ!?)
(そんな、私たちの関係はこれで終わりなの!?)
(絶対、一歳児じゃねえだろ?)
この揶揄い易そうな剣聖との出会いにより、クルトの人生は大きく変化する。
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