誘拐と嫌悪感
目を覚ますと、縄で体をぐるぐる巻きにされて馬車に揺られていた。
あ、あれ~、俺ってこんなに寝相が悪かったっけ?
そんなわけあるかい!
それとも欲求不満がこの状況を作り出したのだろうか?自分で自分を縛って...どんな変態だよ。
まあ、普通に考えて、これはあれだ、誘拐というやつではないだろうか?可愛い子供を攫って「げへへ、おじさん、小さい子と可愛いものに目がないんだ」と言いながらズボンを下し...
ギャー、助けてー!!前世も合わせて初めての相手が変態とか嫌だー!!
コホン、冗談はこれくらいにして現状の把握しないとな。まず、なぜ俺は馬車に乗っているんだ?眠った時はちゃんとベッドにいたはずだ。ということはママンかナナが俺をここに運んだのだろうか?なぜ?あー、もう分からん!誰か現状を説明してくれ。
俺の願いが通じたのだろうか、馬車が停止し、扉が開く。馬車の外にいたのは見覚えのある顔の人物であった。
「目が覚めましたか、クルト様。」
ナナであった。
どうやら俺はナナに連れられてこられたようだ。どうしたんだろう、いつもの優しい表情ではなく、苦しそうな表情をしている。何かあったのだろうか?
「クルト様、こちらにいらして下さい。」
ナナは俺に馬車の外に出るように促した。ナナは極力警戒させないようにしているが、逆に俺はそれによって警戒レベルを上げる。ナナは何がしたいんだ?まさか本当に誘拐なのか?だとすれば俺は人を見る目がないんだな。
自分で自分を情けなく思っていると、ナナがこちらに来た。どうやら反応が無い俺を自分で連れ出そうとしているようだ。
「手荒なことはしません。クルト様には旗印になって頂くだけですから。――」
旗印?何のことだ?
「――ですから大人しく私に付いてきてください。」
ナナは俺に手を伸ばす。俺は逃げようとしたが、縄で縛られているため、主婦の買い物かごを持つようにように捕まった。なんか、美人に物扱いされているって考えると...って、やばいやばい。思考がやばい。一番やばいのはそれに喜びを感じるようになっていることだ。俺ってこんなに欲求不満だったの?やっぱり自分で縛ったんじゃ...
そんな馬鹿なことを考えていると、馬車の外に出た。目の前には大きな屋敷があった。
どこだここ?少なくとも俺の家の近くにこんな屋敷は無かった。ということは、それなりに離れた場所ということだろう。
ふと屋敷の玄関らしき扉が開き、でっぷりと太った男が、汗をかきながら出てきた。
「これはこれは、お待ちしておりました、クルト様。私はポークビッツ・ミートリッジ公爵と申します。」
豚肉やないかい!この男以上に、名前と見た目が一致してる人間はいないだろう。
つーか、何でこんな幼児に敬語なんだよ?なに、俺って、実は偉かったりするの?権力を笠に着て、欲望の赴くままに...冗談はこれくらいにして、状況を把握しないとな。
この感じからして、命の危険に晒される可能性は低そうだ。ナナは旗印がどうとか言っていたが、どういうことなのだろう?旗印って、あれだろ、戦争とかの代表者みたいな感じのやつだろう?なに、俺、その旗印になるの?やだやだ、大人の汚い思惑に、こんなに可愛い幼児を巻き込むものではありませんよ。
よし、決めた、逃げてしまおう。大人の事情なんて知ったこっちゃない。面倒事に巻き込まれるのは嫌だ。俺は、他人に束縛されない人生を生きるのだ。
そう決心して行動に移そうとした時、ある者が目に入った。
男の『奴隷』だった。首輪に鎖が付いており、顔を苦渋に染めながら、身の丈程ある丸太を担いでいた。その男の後ろにも何人か続けて屋敷の陰から姿を見せた。
俺は足元が崩れ去るような錯覚に陥った。
よく異世界転生ものなんかで『奴隷』が登場している。それを主人公は不憫に思って助ける、という話が多かった。俺はそれを読んで「そんなに人助けがしたいのかね?」と思っていた。何故なら、自分を犠牲にしてまで赤の他人を助けるなんて、普通の人間はしないだろう。そういうことをするのは消防士や警察など、人助けを生業にしている人間であると俺は思う。人間、誰しも、自分もしくは自分の周りの人間が一番大事なのだ。かく言う俺も、その一人である。自分もしくは自分の周りの人間が一番大事な、ごく普通の凡人である。だから、もし『奴隷』を見たとしても「大変そうだな」くらいにしか思わないと思っていた。
それで、実際に目の当たりにして、『奴隷』を見ても「かわいそうだな」くらいに思うだけで、危険を冒してまで助けようとは思わない。だからと言って『奴隷』が良いことだとは思ってない、むしろ悪いことだと思っている。しかし、あの人たちは自分と何の接点もない赤の他人なのだ。それでも助けろと言う人もいるだろう。だったら自分がやればいいんじゃないか?自分の周りに『奴隷』とまではいかなくても、虐められている人やそれに近い状態の人は居ないか?居ればその人を助けろよ。居ないなら、探してその人の支えになってやればいいじゃないか。そう言われて、実際にやる人はほとんどいないだろう。皆無と言っていい。助けるとして「次に自分があの立場になったらどうしよう」などと考えるはずだ。結局、人間、自分が大事なのだ。自分が大事だからこそ、人に「助けろ」などと他人に危険を冒させるのだ。
俺が気持ち悪いと思ったのは、目の前の人間だ。何故、あれを見て普通に会話が出来る?何故、笑みを浮かべながら媚び諂うことが出来る?見えてないのか?そんなはずがない。俺を見ているなら、視界に入っているはずだ。それなのに、この男、眉一つ動かさず、ベラベラと俺を持ち上げるようなことを述べている。
不快だ。今までで一番不快に思っている。純粋に、嫌悪感を抱いた相手に利用されようとしていることに腹が立った。何だこれ?このムカムカをどうすればいい?そうだ、この男にぶつけよう。
俺は極力、愛想良く口を開いた。
「...よろしくね。」
「おお、これはご丁寧にどうも。クルト様は利発でいらっしゃる。」
ガハハ、と下品に笑いながら話す目の前の豚に猛烈な嫌悪感を抱きながら、案内されて屋敷の中に足を踏み入れた。
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