闘技場最終戦
ーー最終試合が始まる前ーー
「ううむ。もうすぐワシの番か⋯⋯」
シェラザードの王であるダンテは少し迷っていた。
「ラグニスが勝てば、ワシとの戦闘は稽古みたいにできるが、未来の我が妻が勝ってしまうと戦い方はどうすればいいんじゃ」
社交辞令などにならず⋯⋯あるのは絶対的に情けない負け方を晒すという想像しか浮かばなかった。
「ううむ⋯⋯」
悩んでいると扉が勝手に開く。
「邪魔するよ」
両目を閉じた男はそう言って、ズカズカと歩き王に前のソファに腰をかける。
「なんじゃ、お前さんは? 衛兵どうしたのじゃ」
「ん? 普通に仕事してると思うぞ?」
「ならば、わしに何の用じゃ? 今、ワシの命奪ってもメリットしかないぞい」
「ははは、いやはや中々面白いじゃないか。一応聞いておきたい。なぜだい?」
「そりゃぁ⋯⋯我が娘とその親友が間違いなく引き継ぐからな。どこまで、より良くなるかは分からない程になるじゃろうな」
「くくく、なるほどなるほど。悪くない返事だ。もう1つ聞きたい。なぜ衛兵を呼ばなかった?」
「衛兵呼んでも無駄に死ぬだけであろう? なら呼ぶ必要はないと思っただけじゃわい。それと、貴様からーー認めたくはないが、娘の親友に似た感じがするからな」
「そうか。そこまで解ってるなら合格だな。とりあえず少しの間、体を借りるぞ。安心しろ。どちらにせよ記憶は残らないさ」
「好きにせい。どうせ記憶が残らんのなら、貴様の名前を聞かせてもらおうか。体を貸すんじゃ、それぐらいはいいじゃろう」
「これはこれは⋯⋯また愉快だな。いい方向に動いてる。あぁ、名前だったな。チェルノ⋯⋯チェルノ・アンサラーだ」
「そうか⋯⋯やはり⋯⋯」
「まぁ、気にするな。どちらにせよ、あんた達にはやる事が限られてるさ」
男が片目を開くと、吸い込まれそうな程のルベライトの瞳に意識を奪われた。
コンコン。
「失礼致します。最終戦が間も無く始まります。そろそろ王も用意なされておいた方がよろしいのではないでしょうか」
「んぉ? そうか。あい、わかった。下がって良いぞ」
王の体には黒い靄が蠢いていた。
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「さてお待たせしました!! これで最後! どちらに幸運の女神は微笑むのでしょうか!」
【メルディスVSラグニス】
「そういえば弟の意識を取り戻したのだな」
「うん。こっちの人では目覚めさせる事ができなかったので」
「ほう? なら、前の世界でも出来ていたのだな?」
「ごく一部の人だけだけどね」
「そうか。まぁ、いい試合に仕様じゃないか。お互い持てる全ての力を使い切るかのようにな!」
「⋯⋯それなんだけど、多分無理かな」
「⋯⋯なぜだ?」
「だって、この姿に戻って呪いが発動してるからダメージ1しか与えれないもの」
「⋯⋯そうか⋯⋯折角、心躍る戦いができるとおもったんだけどな」
「あら、それは大丈夫よ? なので、後悔しないようかかってきてください」
「ふははは! 面白い! その余裕を潰してその口から棄権させるのもまた一興か」
試合開始の合図がなり、即座にメルディスが仕掛ける。
風打ち【瞬】から間合いを詰め、右足で相手の顔を蹴る。
ラグニスがその蹴りを受け止めると、そのままメルディスは勢いでもう一回転して左足でカカト落としを頭上に放つ。
カカト落としを右手で防いだ瞬間、メルディスは右足で空を蹴るように再び【瞬】を打ち、相手の懐に入りガラ空きのボディを狙う。
ラグニスも右手が急に軽くなり、懐に入られたのを見た瞬間、反射的に右手を全力で振り落とすが、右手が当たった瞬間に煙の様に消えていた。
風打ち【木枯】4人verで、背中、頭上、左右から一変に仕掛ける。
(これ程なのか!!)
分身の精度が高く、偽物が見極められないため、身体中に唯一の自分の技をめぐらせる。
ラグニスに攻撃が触れた瞬間、魔力が無効化され4人とも消え去る。
(全員偽物だと!!)
身体に巡らしていたモノを解除すると、その一瞬の隙を見逃さず、姿をステルスで隠していたメルディスは、その両手で腹を【重】た。
「ぐぉ⋯⋯!」
ダメージはないが、その衝撃で吹っ飛ぶ。
「⋯⋯⋯⋯えぇぇぇ!! これが! これが最終戦の攻防です。なにがあったのか説明は難しいのですが。観客の皆様も肌で感じてるとおもいます」
「⋯⋯風打ちは連発すると、消耗が激しいのではなかったのかな?」
「本来はそうですね。ただ私の場合は魔力は消費されないので、体力切れはないので安心してね」
「⋯⋯そうか」
(これは⋯⋯信じられぬな。あの年でこの強さ⋯⋯到底信じられるものではない)
弱点を補うのが風打ちと呼ばれる技の真髄なのだが、彼女のは全ての攻撃を流れとして組み込める所まで達している。
どんな攻撃でも、本気であればあるほど、その反動で硬直時間が発生するのが普通である。
が、彼女の風打ちはその硬直時間を無くし全てを攻撃の流れに組み込めるのである。
だからここでラグニスがとる行動は1つしかないのである。
会場全体の魔力無効化の結界である。
「おぉ、これがそれなのね」
メルディスは目がキラキラと輝いていた。
「そうだ。これでもう、先ほどと同じ様に風打ちは使えんぞ。さぁ! 第2ラウンド開始しようか!」
(成る程ね。魔力の無効化ではないね。これは魔力を喰べる魔力なんだ。だからユリが魔力全開で魔法が発動した訳か。さて、エコー解析してる?)
【勿論じゃよ。ただ少し時間かかるぞぃ】
「さてっと、久々だから上手い事できるかな」
ラグニスが攻撃に転じてきた。
それを避けていなす。
「やはり風打ちがなければ、攻撃に移ることは厳しいか! ならそのまま推し通らしてもらうぞ!」
ラグニスは180度回転して地面に叩きつけられる。
「⋯⋯ぉ??」
(何がおこった⋯⋯? なぜ俺が寝ているんだ? なぜこの娘は俺を見下ろしているのだ)
ガバっと立ち上がると再び攻撃を開始する。
今度は投げられまいと地に足をつけ攻撃してると、瞬時に手首を掴まれ、そのまま関節の逆に動かされると身体が自然と地面にオモチャにように倒れた。
(なんだこれは? なぜこの俺が簡単に投げられるのだ⋯⋯)
「一体なにをしたんだ⋯⋯?! なぜこんなに投げられるのだ!」
「にしし、上手くできてよかったぁ。前の世界の柔術の1つですよ。人と人が争うしかない世界で生まれた技の1つ『合気道』ともいいますね」
「ありえん、いともたやすく投げられるなんて!!」
「そもそも風打ちって、弱点を補う為のものと知ってると思うんですが、その技は全て元があるんですよ」
足を地面にトントンとする。
「例えば、使いやすいのでよく使ってるんですが【瞬】に関していえば⋯⋯よく私を見ててくださいね」
フッと消えたと思ったら、後ろにいた。
「ね? こんな感じです。ちなみに風打ちではないですよ? 目ではなく意識の虚を突いただけです。前の世界ではミスディレクションともいいますけど」
「ありえん⋯⋯なんなんだ。なにを言ってるんだ?」
「この魔法があり魔物ばかりと戦う世界では、絶対に生まれない技の話ですよ? 人を倒すのに無理やり力を使う必要はないのよ」
心が呑まれる。絶対強者と言われた男は目の前の未知数な女の子に一歩後退りをした。
(下がったのか。俺が? この若い女に?)
「ふはは、なら、俺をその技で倒してみせろ! 戦闘というのは最後まで立っていたやつが勝つんだ!!」
そう、力一杯に振るう必要はない。
俺の一撃なら当たればダメージ与えれるはず。
力加減をして掴ませる時間与えずに攻撃をしていく。
メルディスは、その攻撃の腕伸びきった瞬間に関節部分を少し触るが、掴みきれずにいた。
その攻防が続く中、ラグニスの攻撃で左腕が伸びきった瞬間に肘当たりに電気が走る。
「な⋯⋯んだと」
慌てて距離を取る。
手をグッとすると、肘あたりに電気が走る。
「あ、やっと効いてきたね。それなら、そろそろ腕が限界だね」
「これも技なのか⋯⋯?」
「ううん。これは技ではなく、人体の構造上の問題。ただ、関節周りの腕が伸びきった時に筋に痛みをあたえただけだよ。だから電気走る様な痛みが発生するの。ちなみにそこから派生が出来る技はあるけどしようか?」
「出来るものならやってみるといい! 先程も言ったが最後まで立っていた者が勝者だ!」
最後の攻防が始まるが、ラグニスが直ぐに仕掛けたーーまるで左手を好きにしろと言わんばかりに。
その挑発にメルディスは乗る。
伸びきった腕に、両手を前後に挟み、体全体を使って腕を軸にし、回転して捻る。
筋肉が限界まで引き伸ばされ軋み、味わったことのない激痛が左腕から頭に走り抜ける。
そしてその痛みを耐え抜き、ここぞと言わんばかりに全力をもって空中にいた技の途中のメルディスに右のストレートを放った。
放った渾身の右手は、メルディスの体に触れた瞬間に感触がなくなり流れる様に腕の横に入るとそのまま両足を右腕にかけ、地面に手をつけて足を戻し立ったのである。
鉄棒で言えば逆さ吊りから地面に手をつけて、足を外して立ち上がっただけである。
左手も使えない。渾身の策も軽く返された。
「『龍爪』痛くなかったの?」
「痛いさ。頭の芯まで響く程な⋯⋯」
「なるほど。肉を切らして骨を断つ作戦だったのね」
「そうだな。軽く返されたわけだが、あの不自然な回避も技かね?」
「そうだね。重軽氣功という身体を重くしたり軽くしたりする技だよ。軽氣功、軽功ともいうかな」
「ずるいな、どれだけの技がその身やどっておるのだ⋯⋯が、まだ倒れてないのでな。まだ終わりじゃないぞ」
もう先程の勢いはなく、明らかに動作が重くなっていた。
「どうしてもやるんですね⋯⋯。はぁ、これがそこら辺の悪者だったら即座に逃げてくれるのに⋯⋯やっぱり信念のある人は⋯⋯ううん、そうだね、応えよう」
次の一撃で終わらせる。
「最後に1つ、この結界は魔力の無効化ではなく侵喰なんです」
「⋯⋯」
「だからやり方を変化させれば発動はできるんです!」
足にほんの僅かな瞬間、本気の風打ち【跳】を打ち間合いを詰めると、ラグニスの身体に手根を当て、もう片方の手を当てると風打ち【重】の上位技【千華発勁】を放った。
魔力の侵喰を身体全体に纏い、この技を受けるが、その千にもよる衝撃に侵喰が追いつくことはなく、そのまま衝撃に意識が耐えきれなくなり後ろに倒れた。
「勝者メルディス!!」
その瞬間、優勝者が確定した。
「さて、優勝者には今回のサプライズとしてシェラザードの王であるダンテ王と戦闘ができます。ただお疲れも含めて試合時間は5分とし、勝者敗者などはありません」
ラグニスが医療班に連れて行かれ、その後ゆっくりと軽装に大剣と刀を持ったダンテ王が出て来た。
「これ必要なのかな?」
「なんでも盛り上げる為にしたって聞いたけど、もうお腹いっぱいだよな」
「王様も昔はめちゃくちゃ強かったんだろうけど流石に年齢が⋯⋯」
「5分も持たないんじゃないか?」
「では、ダンテ王。一言お願いします」
「今大会もハプニング色々あったが盛り上がってなによりじゃ。勝った者も負けた者も更に精進していくがよかろう」
「それではサプライズ試合開始します!!」
「さあ、全力で来てもええぞ。無論お主が負けたら嫁にくるのじゃぞ」
(なんだろ? なにか変な感じがする)
この不思議な違和感に警戒をする。
「なんじゃ、こないのか? ならコッチから行こうかのぅ」
それは流れる様な動作で大剣を抜き一回転して振りおろした。
その衝撃で石畳が真っ二つに割れ衝撃が当たった場所は粉砕した。
「やるのぅ! ならこれはどうじゃ!」
ダンテ王は流れる様な動きで再び間合いを詰めると大剣で振り払う。
メルディスはそれを避けると大剣を持ち上げるまでの硬直時間で王の身体に風打ち【打】を打ったが、地面についた大剣を持ち手で動かし盾として受け止め、そのまま掴もうと腕をだす。
その腕をいなした時には、もう片方の腕で大剣を大きく振りおろす。
「王様⋯⋯つよくねぇか? だれだよ。歳とかいってたやつ」
「あの重そうな大剣を片手でオモチャみたいに振り回してるよ⋯⋯」
「クレア様のお父様⋯⋯かなりお強いのですね」
「昔は猛者だったとか英雄伝は何度も話を聞きましたが⋯⋯今はそんなに強くはありえません⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
胸騒ぎがする。
「あなただれ? 王様ではないよね?」
「ふぉふぉ、一応王様じゃよ。ただ、体は拝借しておるがのぅ。なので本気で来てもええぞ」
大剣を地面に差し、手首をクイクイと曲げ挑発する。
「⋯⋯分かりました。殺さない様に全力でいきます」
ここからは、風打ちを使った攻防が続く。
大剣を盾代わりに使い器用に戦う姿に、嫌な予感がする。
風打ち【木枯】5人verからの連携コンボを、大剣一本破壊しただけで全て避けられる結果で実感した。
「⋯⋯⋯⋯クロノ君?」
空中で逆さの姿勢のまま、お互い見つめ合う。
それに応える様に王様の左目がルベライトに変化した。
「隙ありじゃ!」
破壊された大剣はとっくに捨てており、もう1つの武器、刀を左手に持ち最速の抜刀術、居合の構えをしていた。
メルディスも無意識に即座に2丁の銃を腰から取り出し、加減など考えていない純粋な全力で威力が倍増する風打ちを銃から撃つ。
全力の一撃でも刀を下に向ける事が精一杯で、2発は刀の鞘で突いてくるのと相殺してお互いが反発する様に飛ばされる。
「ここで5分経ったので終了にいたします!!」
王様は観客席の下の壁に激突し、メルディスは空中で吹っ飛ばされ、観客席の手すり部分に手で衝撃を殺し観客席の椅子に足をトッっと乗せるとすぐさま風打ちで戻る。
それを間近で観ていた観客席は、消える様に跳んだのに衝撃がない事に驚いており、王様が放った一撃目の刀の後は、観客席の下の壁にほぼ180度綺麗に線が入っていた。
「先程の通り勝者などはいません。サプライズのつもりが、驚愕するほどに試合内容になってしまいました!」
メルディスが王様に元に駆け寄ると、不思議な違和感はとっくに無くなっており、王様はただ寝ていたのであった。
そのあとは滞りなく閉会式を王様の代わりにクレア姫が進行する。
「優勝商品のサプライズとして、このクレアに身と心をメルディスに捧げる」
などと言ってはいたが、はいはいだけいって心は別のとこにあった。
記憶が統合された事により、些細な場面に記憶を思い出してみる。
1番小さくなった時に出したという黒龍、それはソウルオブナイトの絵本に出ていた黒龍と感じる。
その後のチェルノの試合の後の違和感、人の雰囲気が違う終わり方を感じていた事。
そのチェルノとかいう白髭のドワーフ。正直に過去にはいたかもしれないけど、少なくとも私がこの世界に来て一度も見た事がなかった。
短命であるドワーフが、モテるために出場なんてあるわけがない。そもそもまだ生きているならある程度家族が揃っていないとおかしい。
せっかく開発したこの幻影マントをポンと渡せる時点で別の目的だと感じる。
試合が終わると、黒猫のファル君を呼んで話を聞くと、ドワーフが住む場所はこの周辺にはないとの事。
フェリル君からは最果ての村で見回りしていたら白髭のドワーフを見かけ後を追うと、最果ての奥の森に消えるように溶けていったが、害はないと判断して追跡はしなかったのだ。
そのあと、ファル君にシェラザード周辺全ての監視役を任せて、ファル君から観察して違和感を感じたら、その場所にすぐに連れていってと言っておく。
折角、手に入りそうな手掛かりを見逃す事がないよう気合いを入れたのである。
合気道:相手の力を利用し投げたりする技。もう1つは関節を決めその方向に投げる。
風打ち【千華発勁】(せんかはっけい)
発勁にするか発掌にするかまだ迷い中です。どっちがいいかな・・・?
【打】基本で打つ。
【重】打つ瞬間にもう1つ重ねる。
【千華】重ねの威力を高め発掌する時に絶妙なタイミングで固定して止めると、全体に何十回何百回も空間を振動させる技。
重軽氣功
身体中の氣を使い、重くしたり軽くしたりする技。
軽くするなら落ち葉の様に、重くするのは大木の様に。
硬氣功はないの?っと思われるかもしれませんが、風打ちの衝撃を無くす技の方が使用頻度が高い為、使わないだけです。




