第4話、畑のヌシと畑のムシ
第四話
「ここが科学部の畑だ」
案内された畑は以外としっかりした畑だった。
だいたい教室ぐらいの広さの四角形の空間が十字の土が盛られた道によって四つに分かれている。
その区画一つに畝が2つか3つあり、そのうち半分は今は使われてないようだ。
「奥にもスペースはあるんだけど、まだ耕してないんだ。畑も最近始めたからね。」
道は奥にも続いているが、その先にはただ雑草が生えているだけだった。
「じゃあ、あの奥のスペースを耕せば、高橋さんは園芸ができるようになるんですか?」
「そうだね、でも女の子だけじゃ大変だろうから、俺も手伝うよ。」
髪がモサっとした先輩が美少女な後輩の好感度を稼ごうとする。
「いえ、そんな悪いですよ。」
高橋はそれを日本人の美学「エンリョ」を用いて避けようとするが、確かに女の子だけで畑を耕すのは大変そうだ。
「いや、そう言わずに、俺もそろそろ畑を広げたいって思ってたし。」
「まあそう言うなら、お願いします。」
「お願いされます、っと。あっ、そうだ、そこの2人も今度手伝ってあげたら?」
俺にも好感度を稼ぐチャンスが来たので便乗しておく。
「そうだな、大変そうだけどよろしくな。」
「ワシも手伝うでごわす。」
ってか下田が手伝ってくれるなら俺たちはかなり楽できそうである。
「さて、そろそろ本題に入ろう。」
当初の予定では、畑の見学が本題だったんだけど…
「まず、これが君たちの分のバッチだ。制服のどこでもいいからくっつけてくれ。」
バッチの裏側には安全ピンがあった。とりあえず俺は胸元にくっつけた。
「これがないともしかしたら死ぬかも知れないからね、キッチリ取れないように付けてくれよ」
えっ…このバッチないと死ぬの?!
どこの世界に仮入部に来た新入生に「ヘタしたら死ぬよ」ってなる内容の部活紹介をする部活があるのやら…
ってかこんなバッチつけてるだけで本当に頑丈になったのかな?
不安なので下田に試してもらう。
「ごわあああああああす!!」
ブン殴られた瞬間強い衝撃が体の中を突き抜けて…来ない?
そのまま奥の荒地の方に吹っ飛ばされたが、体がダメージを負った様子は少しもない。ピンピンしている。しかも殴られた部分も全く痛くない。
「とりあえず、よほどのことがない限りは大丈夫だぞ。」
高橋も下田もイマイチ信用してない顔をしているが俺が体を張ったからには納得してもらいたい。
「んじゃ、具体的な戦い方ね、基本的にこの学校に通う生徒はこのバッチをつけて部活動を行う。そうしているとそのうち生徒は所属している部活やその活動内容に応じた技能を身に付けることができる。」
すんげー便利なバッチだなあ…
「んで、俺は畑に関することばっかやってたから畑に関する技能を身につけた。今回はこの中で副産物的に身につけた微妙な技能を一つ見せようと思う。」
先輩が指をパチッて鳴らすと突然地面から大量の何かが湧いてきた。
「畑を作るときは、雨が降ったときに畝が水に浸らないように雨水を流す用水路と溜め池を作るんだ。でも毎年そこからわんさかと蚊が湧く。」
えっ?!あれって、蚊?
蚊にしては赤白い点々が集まって2メートルほどの円の形にびっしりと集まる。
「そして日々蚊と格闘しているうちに、蚊を使役する技能を身につけたのさ。」
これまでまるで小説のような奇妙な設定が次々と先輩の口から出てきた。そして技能の下りの辺りは正直俺も興奮していた。
だって、なんかかっこいい能力使って敵をなぎ倒すのって近代の男の子の共通の夢じゃん。
でもそこでお披露目された技能の一発目が「蚊」ってのはいくらなんでもカッコよくない。
ただこれだけの蚊を見るのはもちろん初めてで、状況のよくわかんなさのあまり怖いとか気持ち悪いとかそう言った感情も全く浮かんで来ない。
「それじゃあ、そろそろ始めようか。いってらっしゃい。」
無数の蚊が俺たちに向かってくる。
最初は普通に腕とかに止まったところを叩き潰していれば良かったが徐々に数が増えてきてから状況が悪化した。
「キャッ、キャアアアアアア!!」
高橋の悲鳴が聞こえる。一度に何十匹もの蚊が腕や足に止まってくる。
「か、囲まれたでごわす。」
高橋や下田を見ると、とうとう何千匹もの蚊が高橋や下田を中心にワラワラと集まっていた。
必死に手を叩いて蚊を叩き潰しても次々に蚊が殺到してくる。キリがない。
しかもコイツらは血を吸ってくる以外にももう一つ驚異的な攻撃があった。
「いやああああああああああああああ!!!耳に、耳にーーー!!」
そう、蚊特有の「プーン」と言う羽音。アレが引っ切り無しに襲ってくるのだ。
このおぞましい羽音のせいでこの状況を打破する方法も考えられない。
「この季節に活発になる蚊はアカイエカと言って、見た目白っぽいんだ。でもコイツは羽音がすんごくうるさくて、寝る時に部屋に侵入されたら最後、殺すまでは寝付けないと思った方がいいくらいなんだ。」
先輩が蚊の雑学知識をひけらかしている。
どうにかしないと失血によって倒れてしまうかも知れない。そして何より、美しい高橋さんの顔が蚊の刺された跡によってボコボコになってしまう。
しかし、打開する方法が思いつかない。
とりあえず周りを見回してみる。
蚊にまとわりつかれている高橋や下田に、余裕ぶっこいてる先輩、何やら農作物がワサワサと生えている畑…
おっ!かなり大きなスコップだ!これならゾンビとかが襲ってきても殴り殺せるぞ!
こんな時までアホなことを考えるのはやめよう…
ん?まてよ、アホなことと言えば…
学ランのポケットを漁ってみると、やっぱり出てきた、粉塵爆発の実験で高橋が使った小麦粉とゴム管だ!
後でお楽しみ…じゃなくて先輩が高橋が使った後に部室の奥の机に運んでたのが気になったから念のためこっそり回収していたんだった。
粉塵爆発は、粉を撒いた所に火をつけると一気に燃え広がる現象だ。
これを使えば、蚊を一気に焼き払うことができるかも知れない。
しかし、火種が無い…
ダメ元で俺は下田に火種を持ってないか聞いてみる。
「それならいつでもアニキのタバコに火をつけるためのライダーがあるでごわす!」
複雑な家庭の事情をお持ちのようだが、俺だって自分のスケベ心…じゃなくて正義感に助けられたのだ。
「いっけえええええええええええ!!」
俺は勢いよく粉をブチまけ、火をつける。
途端に俺の周りで火がばあっと燃え広がったと思ったら、蚊取り線香のCMみたいにパラパラと燃え死んだ蚊が地面に落ちる。
やった、初陣にして先輩に目に物を見せてやったぞ!
でも何か忘れているような…
あっ、高橋と下田の周りにいる蚊を焼き払ってない!
しかも、もう粉は無い。
急いで謝らないと!
「高橋!下田!すま」
「杉田くん!危ないッ!」
へっ、と思った瞬間、高橋と下田にまとわりついていたはずの蚊が俺に向かってきた。
「うわあああああああ」
もう声をあげながら逃げるしかない。
しかし、しばらく逃げていたら、蚊が一匹も追いついてこないことに気がついた。
恐る恐る後ろを振り返る。
そこには、なぜか誰もいない空間を飛ぶ蚊の群れの姿があった。
よく見たらそこはさっき俺が粉塵爆発を起こした場所だ。
「なるほど、蚊は人間が吐く二酸化炭素を感じ取って向かってる。でもさっき粉塵爆発を起こして物がたくさん燃えて大量に二酸化炭素が出たから、その二酸化炭素を感じ取って爆発した場所に集まってきた。ってとこか…」
先輩が呑気に解説する。
「もう十分だろう、戻れ。」
先輩が再び指を鳴らすとたちまち蚊は四方八方に飛んで行った。
「………十分過ぎますよ…先輩……」
薄れゆく意識の中、俺が最後に見たのは畑の土に埋まる高橋が使ったゴム管の勇姿だった。
お楽しみが…
やっと戦闘回です。アカイエカは春や秋によく出ると言っても流石に4月頃には出ないと思います。まあそこは技能の力ってことで。