第二章 第四話
「やっべぇ……完全に見失っちまったわ」
夜の王都……に着いたのは良いものの、リスは見事に困っていた。
セブンス=ウェストエンドのとんでもない健脚を見せつけられた所為だろう。
彼女は密偵の矜持を刺激された所為か、負けてなるものかと変な意地を張って王都まで何とかついてきたのだ。
──アレが、間違いの元だった、よなぁ。
足の速さで競い合った所為だろうか。
セブンスが突如、速度を落として路地裏に入った所為で……彼女は一瞬の内に撒かれたしまったのである。
……密偵ともあろう者が、それはもうあっさりと。
言い訳をするならば、この辺りは魔王との戦いで放棄された建物跡に、新しく移住者が建てた住宅や、商人が仮設したテントが混じっていて……非常に入り組んでいて分かり難い構造になっていた。
そう考えると、彼女がセブンスを見失ったのは、その所為と、言えないことも……
……つまり。
──悪いのは、私じゃない。
……こんな地区を未整理のまま放置している王家の連中、なのである。
「……って。
もしかして、気付かれていた?」
不敬罪寸前の思考を放棄したリスは、現実的にそんな心配をするのだが……
こうして左右に目を配りながら、油断なく歩いていると言うのに、さっきから待ち伏せされている様子もない。
念のため右手をベルトの内側に隠してある短剣に、左手を何とか書き上げた偽りの恋文に添えたまま、リスは足音を消したまま慎重に路地裏を歩く。
「……いたっ!」
幸運の女神はどうやら彼女に微笑んでくれたらしい。
リスはそう大した苦労もなく、セブンスらしき人物を発見することに成功していた。
と言うか、それは幸運と言うよりも……セブンス自身に隠れる気がなかったお蔭、だろう。
何しろ調査対象であるセブンスは、路地裏のど真ん中で、いきなりその辺りの酔っ払いを殴りつけて何かを聞き出しているのだから。
その『路地裏だからこそ出来る暴挙』を、こうして平然と行っているのを見る限り……どうやら彼はリスの尾行に気付いている訳ではなかったらしい。
いや、それよりも……
「……何やってるの、あいつ」
想像すらしていなかったセブンスの凶行を見たリスの口からは、自然とそんなため息が零れ出ていた。
そうして酔っぱらいに少しばかり荒っぽい『尋問』した結果……満足の行く何かを聞きだしたのだろうか?
情報料のつもりか、それとも罪悪感から逃れるためか……セブンスはその哀れな男に銀貨を放り投げる。
──本当に、何やってるのよ、あの優等生はっ!
『学園最強』という名を欲しいままにしている筈の、あまりにも優等生らしからぬセブンスの暴挙に好奇心にかられたリスは、任務であることも忘れるほどに、ジッと彼の行動を注視していた。
「よぉ、姉ちゃん、一杯どうだぁ?」
「……ちっ」
……その所為、だろう。
気付けば彼女は、えらく柄の悪い酔っ払いに絡まれていた。
傭兵か軍人らしく、四角い面に無数の傷跡が走っている。
真っ当に戦えば、彼女など相手にならないほどに強いかもしれないが……現状では酔っ払っていて見苦しいだけである。
その男をさほどの脅威と見做さなかったリスは、鬱陶しいソイツに黙って肘を浴びせる。
「うげぅっ」
軽く放っただけのリスのその一撃で、哀れな酔っ払いは見事にひっくり返り……そのまま動かなくなる。
「ったく、要らぬ邪魔を。
あぁっ、もうあんな場所までっ!」
思わぬタイムロスに舌打ちしたリスは、もう背中しか見えなくなった調査対象を慌てて追いかけ始める。
そんなリスの目の前で、セブンスはとある酒場へと悠然とした態度で入っていったのだった。
「おいおい、兄ちゃん。
……ここは餓鬼の来る場所じゃねぇぜ?」
「ママのおっぱいでも吸ってな、坊主」
セブンスが『正義の迷路』亭という名の酒場に入ったとき、彼を迎えたのはそんな下卑た野次の嵐だった。
──さて、と。
だけど彼はそんな周囲の喧騒を気に掛けることもなく、静かに周囲を見渡す。
……その店は、酒場としては広い方なのだろう。
少なくとも、丸テーブルと長テーブルがそれぞれ八つほど並んでいる。
とは言え、その並び方は整然としているとは言い難く……酒場の名前の『迷路』という部分の由来になっていると思われるほど、無秩序な構造となっていた。
尤も……何処に『正義』があるかはセブンスには分からなかったが。
「……いた」
その迷路のような無秩序が店内を見渡したセブンスは、さっき路地裏で聞き出した勇者ガルキスと思われる人物を発見した。
ガルキスという男は、勇者とは名ばかりの……かなりむさくるしいおっさんだった。
髭もじゃで、身長も高いが恰幅も広い、武骨さを全身から醸し出した感じの、所謂『重量系』。
しかも……酒場で呑んでいるというのに、非常識にも板金鎧を着込んでいる。
よっぽど鍛え上げて、鎧の重量が気にならないほどの筋力の持ち主なのだろう。
……いや、単に無頓着なだけかもしれない。
ただ、傍らの大きな長剣を見る限り、筋力は伊達ではなさそうだ。
──仲間も、か。
そして、勇者ガルキスと同じテーブルには、同じようにむさ苦しい野郎が三人座っていて……気の置けない様子で笑い合っている。
一人はひょろ長い男で、近くに置いてある長い棒は……おそらく槍だろう。
もう一人は小男で、皮鎧を着込んでいる。
腰に吊るした短剣から見て……アレで相手を死角から切り裂くような戦い方をする類の人種だろう。
「ちっ。
……魔術師までいやがるのか」
そして、最後の一人は、杖を傍らに置いてある細長い男だった。
セブンスが舌打ちした通り……その風貌から判断する限り、彼は魔術師だろう。
乱戦や接近戦では常人に毛が生えた程度の戦力にしかならないが、魔術を使わせたら、下手すれば百人の兵隊よりも恐ろしい。
「……さて、どうやって潰すか?」
「おい、兄ちゃん。
何シカトきめてやがんだよ、おい」
セブンスが考え込んだ時、近くの酔っ払いが高圧的な声で、彼の肩を掴んできた。
その雰囲気的から察するに……場違いにも酒場に入って来た学生を、軽く威圧することで、あわよくば金を巻き上げようと企んでいるのだろう。
とは言え……幾らなんでも絡む相手が悪すぎた。
「……寝てろ」
「~~~っ?」
その鬱陶しい酔っぱらいに目がけ、セブンスは密接した状態から、相手の肝臓が位置する場所へ、ゴツゴツした黒い籠手で覆われた左腕を容赦なく叩き込む。
酔っ払いは反応どころか、声ひとつ出せずに蹲り、動かなくなっていた。
──ん?
……いきなり男が蹲った所為だろう。
もしくは、学生がビビる姿を酒の肴にしようとしていたのだろうか。
セブンスが気付いた時には、彼は周囲から酷い注目を浴びていた。
「……呑み過ぎたみたいだな」
とは言え、倒れた男を見下ろしてセブンスがそう呟いただけで……周囲の客は納得したのだろう。
あっさりと二人への興味をなくして自分の酒に夢中になる。
そもそも、周囲の人たちは酒が入った状態で、しかもセブンスの一撃は、密着した状態から放たれたのだ。
周囲の客は誰一人として、ソレを確認する事は出来なかっただろう。
セブンスはそのまま、倒れた男に注意も払わずにカウンターまで向かうと、店主らしき人物に銀貨を一枚放り投げた。
「店主、適当な酒を一杯寄越せ」
「……生意気な餓鬼だな」
店主はそう毒づいたものの、仕事は仕事と割り切ったらしい。
木のジョッキに並々と泡立った酒をセブンスに手渡した。
「……さて」
準備は整った。
後は任務を達成するだけである。
そう割り切ったセブンスは、少しだけ気を入れなおすと、勇者ガルキスが座っている席へ向かって歩いていく。