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第二章 第三話


「さぁ、ミミちゃん、帰ったよ~」


 学園での冷静さが嘘みたいな声を出して、セブンス=ウェストエンドは最愛の家族……と思っている相手に、挨拶代わりの抱擁を見舞う。

 彼のそういう態度は珍しくないのだろう。

 あまり人に懐かない筈の真っ白な羽兎は、特に驚く様子も、逃げる様子もなくされるがままになっている。


「さ、ミミちゃん、ごはんだよ~。

 緑も取らないと病気になっちゃうからね~」


 そして、懐から人参の葉を取り出し。

 カリカリと人参の葉を齧り続けるミミちゃんをあやしながら、彼は暫く至福の時を過ごしていた。




「……やってらんねぇ」


 その様子を見ていたリスが、この台詞を呟いたのは……一体何度目だろう?

 調査対象……即ち、セブンス=ウェストエンドが自室に帰ってから、彼女がため息を吐いたのが凡そ百回ほど。

 その間、リスの目には……延々と同じ光景が映っていた。

 つまり、彼女が少なからず格好良いと思っていた少年が、あの白く小さなペットを延々と可愛がる姿が……。

 当初は噂が真実だったことを確認して、必死で笑いを堪えていたリスだったが、その光景を延々と見せられていると、次第に飽きてくる。

 と言うか、逆に最初インパクトがあった分、飽きると非常につまらない。

 言うならば、売れない芸人の芸を、延々と無理矢理見せられている感覚に近い。

 ……もしくは、喫茶店なんかでバカップルを観察し続けるのに近い。

 もはや、これは拷問である。

 本当に、苦痛しか、生まないのだ。


「親父、今度の任務はキツすぎるぞ、これ」


 リスは、王都で仕事を送ってきた義理の父親相手に、久々に殺意を抱き……


「ったく。

 ……こんなんじゃ、あいつの夜のソロ活動でも拝ませて貰わなきゃ、割に合わないってなもんだ」


 と、その苛立ちに任せて、かなり下品な感想を口走っていた。

 ……そんな時だった。


「……ん?」


 セブンスが一つ大きなため息を吐いたかと思うと。

 もう夕日も落ちたというのに、外出用の上着を羽織り始めたのだ。

 しかも、剣まで手にしている。


 ──いきなり、初日からビンゴか?


 リスは、素行調査として一日で報告書に書けそうな、愉快な出来事が起こりそうな予感を胸に、固まっていた身体を軽く動かして解す。


「さて、何処にお出かけかな?」


 ──個人的には、お嬢様と密通とかしていたら、色々と楽に老後を過ごせる方策を立てられるからありがたいんだけどな。


 なんて、あの騎士団長に聞かれたら一発で解雇どころか刃傷沙汰になってもおかしくない……いや、お嬢様に聞かれても、義父に聞かれても一発で絶縁されかねない不穏当な策略を脳内で練っていた……その隙に。

 セブンス=ウェストエンドは、窓から寮を飛び出すと、足音一つ立てないまま、とんでもない速さで走り始めたのだ。


「ちっ。

 どんな脚してんだ、あいつ」


 リスは慌てて偵察対象を追いかける。

 彼女も密偵として、かなりの速さで走れるのだが……それでも追いつくどころか、見失わないのがやっとである。


「あっちは、王都の方向……だな」


 リスは調査対象の目的地を確認しつつ、少し速度を上げる。

 セブンスとリスは、こうして夜の王都に潜り込んでいったのだった。





「……ご苦労だった」


 夜の王都。

 神聖エレステア教会の廃墟にやってきたセブンスは、前置きも何もなく、小瓶を喪服姿の貴婦人に手渡した。


「まさか、わずか一日で手に入れてくるとは。

 流石だな、セブンスよ」


「……いえ、それほどでは」


 頭を垂れ、忠誠の姿勢を崩さないセブンスを見て、貴婦人は愉快そうに笑う。

 セブンスからしてみれば、それほど難しい仕事でもなかったので当然の態度なのだが、彼女からしてみれば違ったらしい。


「何か望むものはないか?

 ……金でも、女でも」


 そう言った貴婦人の右隣には、金貨の入った大きな袋が入っていた。

 反対側の左隣には、いつの間に現れたのか、非常に露出の高い格好をした女性が一人。

 羊のような角と、蝙蝠のような羽根から、低級の妖魔の一種である『淫魔』だと分かる。

 その女性が妖艶と言うよりお気楽な笑みを浮かべて手を振っている。

 が、どちらも一瞥しただけで、セブンスの表情は変わらない。


「……いえ。

 私が欲しいものは既に頂いていますので」


「相変わらず欲のない奴よの。

 金も欲さず。女も欲さず」


 そういう貴婦人の顔は黒い布に隠れて見えない。

 だが、セブンスはその視線が自分に注がれているのは感じていた。

 とは言え、彼にはその視線が何を意味しているかまでは理解出来ない。

 実のところ、それは欲で動かない人間の真意を探る視線だったのだが、そういう感覚に縁のないセブンスには理解出来る筈もなかった。


「さて、また一つ頼みがあるのだが」


「……なんなりと、奥方様」


 少しだけセブンスの身体が緊張する。


「最近、この王都で勇者ガルキスとかいう者が幅を利かせておってな」


「……勇者、ガルキス、ですか?」


「うん。鬱陶しい奴なの。

 この辺で偉そうにしてる、やな奴っ!」


 聞き慣れぬその名に、セブンスは首を傾げる。

 勇者という称号がつくのだから、結構有名人である筈なのだが……実のところ、世俗に疎い彼は、その名を聞いたことすらない。

 貴婦人の後ろに控えていた淫魔も、発言を許可されてもいないのに大声でそう愚痴る。

 ……よっぽど恨みがあったのだろうか。


「ああ。我が配下の拠点を二つほど潰された。

 当然のことながら、大した戦力もおらぬのだが……流石にちと生意気でな」


 気だるそうな貴婦人の声は、背後の淫魔の声と違って、特に怒りを感じている様子はない。

 実際、その勇者を自称する輩の行動で彼女が失った物といえば、配下の妖魔が数匹と、銀貨が数百枚程度なのだ。

 彼女にしてみればその程度……大した損害でもない。


「だから、適当に痛めつけてやってはくれぬか。

 何、殺せとは言わぬ。

 剣を暫く手に出来ない程度で構わない。

 何しろ……あの聖剣という武器は、我等には鬱陶しくての」


「もしかしたら、ここの結界も破られるかも」


 貴婦人の言葉に続いた淫魔の一言で、それまで乗り気ではなかったセブンスの覚悟が決まる。


「……御意」


 頭を垂れたまま、その一言を搾り出すと、振り返りもせずに歩き出す。

 だが、その足取りの重々しさが、彼の決意の程を表していた。

 彼はこの貴婦人に死んでもらっては困るのだ。

 セブンスは、他の何に変えても……彼女の身だけは、守らなくてはならない。


「ふふふ。

 相変わらず、頼もしい奴じゃ」


 その背中を見た喪服の女性は、楽しそうな声を投げかける。


「ねぇ、アレは、食べちゃダメなの?」


「……もうそなたは黙れ」


 だが、淫魔がその迂闊な発言をした途端、彼女の雰囲気は激変した。

 突如、淫魔の方を振り向いたかと思うと、左手を淫魔に向け……


「っ。っ!

 ……っ?」


 ただのそれだけで、淫魔は叫ぶことすら出来なくなっていた。

 ……一瞬で声を奪ったのだ。

 呪文も唱えずに、魔術を行使する。

 それが悪魔と呼ばれる存在が、人類全ての天敵として忌み嫌われる原因であり……

 この喪服姿の女性は、その悪魔の群れを支配する実力を持つ女性なのである。


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