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第二章 第二話


「あ~。

 ……変な仕事入っちまったな」


 食堂のウェイトレスであるリスは、さっき届いた手紙を見て思いっきりため息を吐いていた。

 その手紙は先ほど王都から伝書鳩が運んできた物で、近衛騎士団を勤める義理の父親からの『任務』が入っている。


 ──全く、いつもいつもこき使いやがって……


 士官学校内では周知のことだが、リスは普通のウェイトレスではない。

 と言うか、実のところこの士官学校内に働く『全ての人間』が、隠れ蓑として雑務をしているに過ぎない。

 ……掃除のおじさんは某家の護衛だったり、集配の青年は某家のスパイだったりと言った具合に。

 金持ちばかりが通う学校だから、そんなのはそれほど珍しいことでもないのだが。

 そして、リスもまた、ウェイトレス以外の仕事を受け持っていた。

 それは、護衛と情報収集が主で……それほど難しい仕事でもなかったのだが。


「あ~。だりぃ」


 今度の任務は、とある学生の素行調査だった。

 実のところ……その任務自体はそれほど珍しいことではない。

 実際、彼女は今までに幾度も報告を上げている。

 とは言え……その任務は主に『一人の少女』の報告がメインで、ついでに言うとその少女は目立つ上に周囲に無関心、更にはリスとも顔見知りなので、色々と仕事が容易かったのだが。

 だけど……今度の任務は相手が相手だ。


「さて。上手く行くか?

 ……あのセブンス相手に」


 そう考えた途端、知らず知らずの内に、リスの唇は吊り上っていた。

 実際……久々に骨が折れる仕事である。

 今までみたいに平和ボケした気楽な任務と、そのおまけとして適当にウェイトレスやっているのも嫌いではない。

 だけど……彼女も本職は密偵である。

 義父から伝授された技能を、自分の誇りとする技術を最大限に使ってみたいと思ってしまうのも、ある意味仕方のない事だった。


「さて、と」


 取りあえず、食堂裏手の休憩室に戻り、手荷物から色々な装備を整え……ふと思いついて手紙を書いてみる。


『私の親愛なるセブンス様。このようなお手紙を出す私を笑わないで下さい』


 ──っと、流石に恥じい内容だ、我ながら。


 ちょっとだけ我に返ったリスは、自分の書いている文字の羅列に顔を赤くしてしまう。

 ま、ラブレターを出そうとしていたって理由は、『少女が男の後ろをつけていた』という理由としては珍しくないだろう。


 ──多分、いや、きっと。

 ──実際に出したことなんて、ないんだけどさ。


 少なくともリスはそう考えていた。

 だから……もしバレた時の保険として、実行したのだ。


 ──これでバレても問題ないなっと。


 常に失敗しても生き延びる・もしくは依頼者に迷惑がかからないように細工する。

 リスという少女は密偵としての基本に忠実な少女であった。

 ……その方法の是非は兎も角として。




「……退屈だ」


 調査を始めて、鼓動が五千ほど脈打った頃。

 それなりに誰かの調査には慣れている筈のリスは……早くもこの『学園最強』の調査に飽き始めていた。

 何せ……対象が全く動かないのだ。

 普段の調査対象ならば、色々と動く。

 右を向いたり左を向いたり歩いたり欠伸をしたり。

 最近、調査していて面白かった例を挙げるなら、『誰か』の方を意識しているのが丸分かりだったり……『その相手』に毎日のように挑戦をしかけたり、とか。

 正直、リス本来の護衛対象である『彼女』を観察するのは、リスにとっても実に楽しい任務だった。

 ……だけど、この対象は全く動かない。

 ただ机に突っ伏して寝たまま、なのだ。

 その上、教室からは、意味不明な呪文が一定の抑揚をつけて流れてくる。

 何かを書き取る鉛筆の音。

 彼女の近くからは小鳥のさえずり。


「……ったく。

 こっちの身にもなれってんだ」


 退屈にも飽きたリスは、自らの置かれた理不尽な状況に、何となく毒づいてみる。


 ──つーか、てめぇ。

 ──成績優秀なんだから、授業くらい聞けよ。


 内心で、そんなことも考えるものの……気が晴れる訳もない。

 と言うよりも、平和そうに寝入ったままのあの『学園最強』の面を眺めていると、段々と腹が立ってきた。


 ──飽きた。

 ──もう、いい加減に飽きた。


 一度感じ始めた退屈という病魔は、その原因が解消するまで延々と患者を苛み続ける性質があった。

 そして、責任感という特効薬でその退屈という病魔に抗おうにも……この任務の重要性がそう高くないことを、彼女は知っていた。

 

 ──どうせ、あの叔父さん絡みの仕事だしなぁ。


 彼女は知っている。

 護衛対象の父親が……某近衛騎士団団長が娘を溺愛している所為で、こんなアホな任務を引き受ける羽目になっているのだということを。

 そして彼女の義父は……騎士団長に惚れ込んで似合わない副団長をしている彼が、その団長の職権乱用に逆らうことなど、出来ないだろう……ということも。

 その所為、だろう。


 ──ちょっと悪戯してやれ。


 そんな耳元で囁かれた『悪魔の誘惑』にあっさりと敗北したリスは、腰に巻いた仕事用の袋からパチンコを取り出すと、小脇の小石をはめ……


「くけけ」


 狙い、放つ。

 無防備に寝ている、『学園最強』の後頭部に目がけて。


「……あ」


 ……だと言うのに。

 その小石が『学園最強』に後頭部に吸い込まれるその直前、金髪の小柄な女の子が立ち上ってしまう。

 そして……運悪くその小石は、見事に彼女の頭に直撃。

 思わぬ襲撃を喰らった少女は……体重が軽かった所為か簡単にバランスを崩し、隣の少年に向かって倒れ込んでいた。

 そして……隣で寝ていた少年は、意識がなかったが故に、当然の如く抵抗も出来ず、小柄の少女の転倒に巻き込まれてしまう。

 結果として、二人は重なりあって教室の床に倒れ込み……


「……ん~~」


 寝ぼけていた少年は、何かを呟いたかと思うと、その少女の顔を掴んで手元に引き寄せ。

 恐らく、彼のペットに日ごろしていると思われる行為を。

 ……金髪の小柄な少女の唇に向けて。


「……あ」


 そして……教室が静まる。

 凡そ、心臓の鼓動にして、五拍程度の間。

 そして、教室を爆発が満たす。


「……あ~あ」


 睡眠中だったというのに殺気を感じて防御に成功した少年は、何事が起きたのか周囲を確認する作業に忙しかったし、爆発の中心にいる淡い色の金髪の少女は顔を真っ赤にしたまま硬直して動かない。

 そして……周囲にいた哀れな生徒たちは、爆発に巻き込まれたのか、床に倒れたままただ痙攣するだけだった。


 ──あちゃ~~。


 ついでにその爆発は教師をも巻き込み、その意識を奪っていた所為で、教室の混沌とした有様を収拾出来る人間は誰もおらず……

 リスはそれから事態が収拾するまでの、即ち授業時間が終わるまでの時間を……一向に静まる気配を見せない、眼下の無秩序な騒ぎを、何となく気まずい思いで見て過ごしたのだった。




 その騒動の後、リスは真面目に働いた。

 ……流石に悪戯は懲りたのだ。

 と言うより、調査対象であるセブンスが色々と動いてくれたので、要らぬ退屈をしなくて済んだというのもある。

 彼女の偵察に気付くこともなく、彼はまず、魔術科を出て近くの準備室に先ほどの少女と二人で入る。


 ──お、コレは……


 その光景を見たリスは多少の艶ごとを期待したものの、彼女の期待は見事に裏切られ……二人はあっさりと何かを手渡してすぐに別れてしまう。

 それからのセブンスは、魔術科の建物から出たところで、何か妙なゴーレムを一体撃破した直後に、魔剣を手に挑戦してきたお嬢様をあっさりと撃退。

 次に何か筋肉質な大男と多少のやり取り。

 美少年が大男に組み伏せられる絵を期待したリスだったが、大男は触れることも出来ずに白目を剥いて石畳に伏してしまう。

その数分後には、線の細い少女と弓術で勝負して打ち負かし。

 そして、今度は大鎌を振り回す少女をやっつけたところだ。


「……ったく。

 アイツ、どんだけ敵が多いのやら」


 ただ一つだけ、セブンスを擁護するとすれば。

 どの相手をやっつけても、『直すべき点を指摘して』やっつけていること、だろうか。

 やられる相手も、やられることを承知の上で喧嘩を売っている。

 そんな感じなのだ。


 ──ただ一人、どこかのお嬢様以外は、だけど。


 そういう意味じゃ、この調査は無意味だなとリスは思いつつ。

 調査対象であるセブンス=ウェストエンドが寮に入るのを見届ける。


 ──さて、これからは持久戦になりそうだな。


 肩をほぐすことで、リスは少し気合を入れ直していた。

 神聖王国のある島は、気候が温暖で凍えるという事はないのだが、それでも夜はそれなりに冷え込む。

 特に、動かずにじっとしていればなおの事だ。

 ……だからこそ、これからは気合が必要だった。

 彼女は夜の間も、ただひたすらに相手の生活活動を観察しなければならないのだから。


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