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第一章 第四話


「お呼びでしょうか、奥方様」


 月明かりの下。

 この神聖エレステア教会の御神体である剣を抱えた女神の像……の残骸に向かって、セブンスは頭を垂れる。

 まるで、目の前に主君がいる騎士のような振る舞いだった。


「……ああ。

 よく来たな、セブンス。

 実は、そなたに頼みがあってな」


 女神の象の残骸が……いや、女神の像の背後に座っていた女性がそう声を出す。

 静かで柔らかな、貴婦人という感じの声だった。

 その面は黒き布で覆われ表情は見えない。

 ……いや、全身を漆黒の衣装で覆っているため、肌の色さえ判別できない。

 その外観から分かるのは、その右腕が存在しないという事と。

 その大きくなった胎内に、新しい命を宿しているということだけである。


「何なりと。奥方様」


「かしこまることはない。

 ちょっとした品を持ってきて貰いたいのだ。

 ……正規に手に入れたのでは、ちと難しい品でな」


 その女性の言い淀むような声に、セブンスは少しだけ首を傾げる。

 目の前の女性が、『頼みごと』をする時に、躊躇うなんて珍しい。

 今まで彼は、幾つかの『頼みごと』を片付けてきたからこそ分かる。


 ──今度のは、どれだけ難しい仕事だ?


 その事実にセブンスは少しだけ緊張する。

 だけど……彼は、断る気にはなど、なりはしない。

 いや、そんなこと考えることすらもない。

 何しろ……彼は、目の前の女性に返せないほど大きな恩があるのだから。

 彼が使っている左手の籠手もその一つである。


「セリアスアの蜜が必要なのじゃ。

 これに一つくらいで良いがの」


「……了解しました、奥様」


 思ったより簡単そうな内容に、セブンスは少しだけ肩透かしを食らっていた。

 だが、彼女の『頼みごと』は絶対だ。

 彼は慌てて立ち上がると、喪服姿の女性からその小瓶を受け取る。


「では、朗報をお待ち下さい」


「頼んだぞ、我が騎士よ」


 そうして、一礼するとセブンスは教会を立ち去る。

 僅かに、背後の女性……ではなく、その横の長椅子を気にかけながら。

 



 そうして……彼が去った後の教会では、喪服の女性が一人残されていた。


「……ホントに頼りになるのか、あんな餓鬼が?」


 だが、次の瞬間、長椅子に座った一人の男の姿が浮かび上がる。

 どうやらその男は、魔術で姿を消していたようだった。

 いや、ソレは厳密に言えば男ではなかった。

 そもそも……『人間ではなかった』のだ。

 真っ赤な肌と漆黒の角、そして赤い瞳が四つもある人間なんて存在しないのだから。

 それは……悪魔と呼ばれる種族だった。

 魔王と共に神聖王国に何度も侵攻してきた、最強にして不死身とまで称される種族。


「姿を隠した貴公に気付くほどの人間が、今の王都にどれだけいると思うのか?」


「けっ。

 勘が良い餓鬼ってだけじゃねぇか」


 悪態を吐く悪魔を、喪服姿の妊婦が微笑みながら諭す。

 だが、赤い悪魔は気に入らなさそうな顔で長椅子に唾を吐く。

 その唾を浴びた長椅子が燃え上がるの見ても、貴婦人は僅かな動揺一つ見せず、穏やかな声で話しかける。


「ならば、貴公が取ってきて下さるのかな、赤の男爵?」


「……けっ。

 あんな忌々しい花に、触れるかってんだ!」


 赤い悪魔は、貴婦人の言葉を聞いて苛立たしげに唾をもう一つ吐くと、そのまま教会を出て行った。


「……ふふ。

 まぁ、見ているがいい、赤の男爵よ。

 彼は、貴公の予想以上に面白い存在なのだから」


 教会では月明かりの下、一人残された喪服姿の貴婦人が静かな笑い声をあげ、その赤い背中を見守っていたのだった。




「……セリアスアの蜜か」


 夜の街を一人で歩きながら、セブンスは少しだけ顔をしかめる。

 その名前に聞いたことはないものの……恐らく、そう難しい『頼みごと』ではない筈である。

 ……少なくとも、貴族の何某の足止めを数日間行えとか、某婦人の馬の足をへし折ってこいなどという、今までの『頼みごと』に比べれば。

 まさか、何処か特別な場所に咲く……そういう花ではない、と思いたい。

 あの貴婦人が欲しがるような花だ。


 ──恐らくは魔術的に有効な……


「なら、アイツだな」


 セブンスは士官学校で知り合った顔を幾つか並べ上げ、その中で頼むのに最も相応しい相手を選び出した。


 ──アレは確か魔術科の……


 そこまで考えた時だった。

 彼の周囲にはいつの間にか5つの気配がある。

 ……しかも、敵意丸出しで。


「……またか」


 セブンスはため息を一つ吐くと、周囲の気配を数え、少し警戒体勢を取る。


 ──物盗りか。


 最近になって、こういう輩が出始めているのは、セブンスも知っていた。

 だが、これは……王都の治安に問題があるというより、彼自身がおかしいのだ。

 士官学校の制服で……しかも夜更けに、こんな路地裏をたった一人で歩き回ること自体、普通ならあり得ない。

 基本的に士官学校に入れるのは、貴族か、ある程度の勉学を修めた裕福層の人間だけだ。

 しかもセブンスは顔立ちの整った……所謂、裕福そうなボンボンである。

 そういう人間が路地裏を一人で歩けばどうなるか。

 セブンスには欠片も自覚がないものの……彼の行動は「どうぞ強盗してください」と宣言して回っているようなものだった。


「ひひひひ。

 なぁ、坊主」


「痛い目、見たくないよな?

 なぁ?」


 そして……彼らも目の前に鴨が葱背負って出てきた以上、見過ごす訳にもいかなかったのだろう。

 みすぼらしい格好の男が数人、セブンスの行く手を塞ぐように姿を現す。

 正直な話……彼らは生活に困ったからこそ強盗をやっているのだと、その身なりを見れば簡単に推測できる連中だった。

 だが、セブンスは目の前の連中の相手をしてやれるほど、暇でも優しくもない。

 ……ないのだが、周囲の連中の顔色を見る限り、すんなり通してくれるとは思えなかった。


「失せろ」


 そう判断したセブンスは、取りあえず、目の前にいた男を左手で殴りつける。

 漆黒の籠手をつけている、その左手の甲で。

 ……何の、躊躇もなく。


「うげぅぁあああああっ?」


 金属の籠手で鼻骨をへし折れれた男はあっさりと地べたに崩れ落ち、顔を押さえてのたうちまわり始める。


「てめぇ! 何しやがっぶへっ……」


 眼前で仲間が倒されたのに激昂したのだろう。

 顔に血管を浮かび上がらせながら、怒り狂う男の腹に向けて……セブンスは容赦なく蹴りを入れる。

 軸足が180度回転する、見事に体重の乗った蹴りだった。

 吹っ飛んだ男は少し遠くにいた強盗仲間二人を巻き込んで動かなくなる。


「え? 何?」


 残った一人が状況を理解出来ないまま突っ立っていた。

 セブンスは取りあえず邪魔だったから下段の蹴りを入れた。


「うがぁあああ。

 いてぇ~っ!

 いてぇよぉおおおおおっ」


 現状把握も出来ず、呆けていた哀れなその男は……セブンスの蹴りに反応すら出来なかった。

 ……路地裏に砕けた音が響き渡り、男は足を押さえてのたうち回る。


「これに懲りたらまともに働け」


 悲鳴を上げる男を見ても眉一つ動かさず、セブンスはそう一言呟くと強盗共の前から立ち去っていく。

 これで連中が改心するかどうかは知ったことではないのだが……例えあんな連中でも、問答無用で大怪我させたのは、流石に後味が悪い。

 だからこそ……あれは高めの教育料だったと思っておく。


 ──さて。

 ──明日は魔術科へ出向いて……


 そう考えつつ、セブンスは寮に向かって歩き始めた。

 

 結局、十歩も歩かない内に、彼の思考は王都の治安や強盗の怪我なんかより、自室で待つミミちゃんの、明日のご飯へと切り替わっていたのだった。


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