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~ 終章 ~ その2


「……ふぅ」


 セブンス=ウェストエンドは部屋の中を見渡し……大きなため息を吐いていた。

 誰もいない部屋という、その事実が未だに信じられない彼が、そうして部屋を見渡すのは、あの日から一体何度目だろう。


 ──やはり、いない、か……


 見渡しても誰も答えてくれない部屋に、セブンスは心の中で嘆きの声を零す。

 既に部屋の中にはもう、彼が予想していた通り、あの純白の羽兎の姿は影も形もなくなっていた。

 あの貴婦人が亡くなった時点で、その使い魔たるミミちゃんが消滅したのは、ある意味当然のことであり……

 それを理解していても……ミミちゃんの亡骸すらも残っていなかったこの部屋にいても、彼の最愛の羽兎がこの世にいなくなったことを信じることは出来ず……


 ──ちく、しょう……


 ただ彼はそう内心で嘆くことしか出来ないでいた。

 とは言え……『学園最強』のこの少年は、誰かを恨むことはしていない。

 ……あの貴婦人を聖剣で貫いた、ゴールド=イーストポート近衛騎士団長でさえも。

 ただ……己の非力さを、社会の非情さを悔む、だけで……


「……ちく、しょう」


 己の両拳を見つめながら、セブンスは無力感を噛みしめ、そう呟く。

 魔力によって強化された少年の筋力は、ただ強く握りしめるだけで爪が手のひらを突き破り、その拳に血を滲ませてしまう。

 だけど……その怪我すらも、魔力によって瞬き一つの間に癒えてしまう。

 彼は最早それほどの……人間を超越した存在へと変貌を遂げてしまっていたのだ。


「こんな力が、あったって……」


 それでも、社会の流れに逆らうことは叶わない。

 ……いや、彼が守りたかった存在すらも、守ることすら叶わないのだ。

 拳を握りしめた彼が、変えられない現実と己の無力さに歯噛みした……その時だった。


 ──っ、~~~~っ?


 『学園最強』という二つ名を持つ少年の眼前で、虚空に突如、魔法陣が描かれ始める。


「……ばか、な」


 もう既に関わり合いすらなくなった、その魔族にしか描けない魔法陣の出現に、セブンスは逃げるでも構えるでもなく……ただ茫然と見つめることしか出来なかった。

 そのまま、魔法陣は完成し……


「あいたぁっ!」


「ぉわわっ?」


 その魔法陣からは突然、二人の女性が降ってきた。

 ……その一人には、セブンスも見覚えがあった。

 半裸どころか七割八割の肌を露出している女性……あの貴婦人が抱えていた淫魔である。


「……何か、用か?」


 淫魔の姿を認めたセブンスは、静かにそう告げていた。

 その声に何処となく棘があったのは、この淫魔があの貴婦人のことを……いや、ミミちゃんのことを思い出させる所為、だろうか?

 そうして淫魔を半眼で睨みつけるセブンスの目は、次の瞬間に見開かれることになっていた。

 何しろ、彼女が連れて来たと思しき、淫魔の影に隠れたもう一人の少女……いや、まだ人間の年齢にして五歳くらいにしか見えない、その小さな幼女は……

 ……何処かで見たような純白の髪を、輝かせていたのだから。


「……その、少女、は?」


「ああ、セリアスアさま。

 ご挨拶を……」


 セブンスの前で、淫魔に促されたその小さな少女は、おずおずと姿を現す。

 その人見知りのような、何処となく見慣れた姿に、セブンスは今はもういない最愛の家族を幻視し……首を振ってその未練を追い払う。

 そんな彼の様子に気付くこともなく、その幼女はゆっくりと口を開く。


「……そなたが、わらわのきし、か?」


 たどたどしい声で、可愛らしい声で、小さな少女はそう告げていた。


「……騎士、だと?」


「ええ、この子はあの御方の子供なんですよ、セブンス」


 怪訝そうなセブンスの問いに、大きなその胸を張りながら、淫魔は答える。

 だけど……その答えを聞いたセブンスは、何も言わずに首を左右に振っていた。

 ……そう。

 最愛の家族を失った彼にはもう……悪魔に味方をする理由なんて欠片もなかったのだ。

 それに、彼にはああして、間違った道に歩もうとしていた彼を、命懸けで留め……更に死刑は免れなかった彼を、それでも庇ってくれた友人たちがいる。


 ──ああ、そうだよな。


 セブンスはもう……彼らを裏切るような真似など、出来そうになかった。

 そんな彼の内心など意に介すこともなく、淫魔は幼き少女の純白の髪に触れながら……『学園最強』の少年へと言葉を続ける。


「……あの御方の命令で、私が実行したのは二つです。

 あの御方の子供を、戦いの場から逃がし、安全な場所まで運ぶこと」


 その言葉にセブンスは力なく頷く。

 確かにあの貴婦人の姿は……あの大きく膨れていたお腹は、いつの間にかほっそりとした、ただの女性のソレへと変貌していた。

 近衛騎士団の連中には、問われることもなかったので、特に告げはしなかったが……

 ……言われてみれば、あの貴婦人が、胎内に宿していた生命を何処か安全な場所へ移していても、そうおかしくはないだろう。


「……それが?」


 とは言え、それすらも今のセブンスにとってはどうでも構わない、特に興味のない事実に過ぎなかった。

 ただ何一つ心を動かされぬまま……静かにそう呟く。


「第二に。

 彼女は未だに未成熟であったため、こうして形を成すため、あの御方の魔力を少しでも必要としていました」


 セブンスの問いに返ってきたのは、淫魔のそんな……よく分からない言葉の羅列だった。

 その返答の意図を理解出来なかったセブンスは、軽く片眉を上げて不機嫌さを装ってみせる。


「ふふん。

 良いんですか~~っ?

 そんな態度を取って、後悔しても知りませんよ~~?」


 優越者の笑みを顔に張り付けた淫魔は、そのセブンスの演技を鼻で笑い飛ばす。

 その笑みを見て、少しだけイラッとしたセブンスだったが……流石に愛と平和しか考えない淫魔を殴り飛ばすのは、幼女の手前もあり、大人げないと思ったのだろう。

 軽く息を吐き出すだけに留めていた。

 そんなセブンスに向けて、淫魔は満面の笑みを浮かべたかと思うと……


「ってな訳で、消えるのを待つだけだった、あの御方の使い魔だった羽兎は、この御方と融合したんですよ?

 ……どうですか~。

 この御方を守るため、身命を投げ打つ覚悟が生まれたでしょ~?」


「……なっ?」


 その淫魔の笑みは、まさに悪魔の笑みであり、その囁きは悪魔の囁きと呼ばれるものだったのだろう。

 少なくとも、セブンスは身体中を雷に打たれたかのように硬直して動きを止めてしまう。

 ……だけど。

 ソレを聞いたところで、今のセブンスは頷けない。

 ……頷くことなど、出来やしない。


「……でも、俺は。

 アイツらを、もう、裏切ること、なんて……」


 ……そう。

 今の彼には……孤独だと信じていた筈の彼には、先日のように命懸けで彼を止めてくれる『友人』がいるの、だから。





「……ふぅ」


 第七魔王セリアスアが部屋を去り、数日ぶりに部屋から外へ出たセブンス=ウェストエンドは、上空を見上げ、ため息を吐いていた。

 これで、彼が放ったのは今日十七度目のため息である。

 そのため息の頻度は彼が学園に近づくに連れて増しているため……恐らく、そう遠くない時に、十八度目のため息も放たれるのは確実だった。


 ──ちっ。


 そのままセブンスは手のひらを流れる汗の感触に苛立ったのか、軽く舌打ちをすると、その手のひらをズボンになすりつける。

 ……そう。

 セブンス=ウェストエンドは……今、まさに緊張している真っ最中だった。

 勇者と対峙しても。

 悪魔と対峙しても。

 王国最強の近衛騎士団と正面から戦っても。

 ……かつての級友と刃を交えたときも。

 如何なる時でも、常に冷静沈着を保っていた、最低でも装っていた……あのセブンス=ウェストエンドが、である。


「……はぁ」


 セブンスは、眼前に見える神聖王国立サウスタ聖騎士学園の正門を見て、十八度目のため息を吐く。

 もう彼に時間はそう残されておらず……さっさと決めなければならない。

 ……だけど。

 まだ、どうするべきか決まっていない。


 ──謝るなんて、どうすれば良いんだ?


 父親も母親も、学園の教官たちも、彼を最強に育て上げた悪魔でさえも……彼に『謝り方』というのを教えてくれなかったのだ。

 だから、彼は今……こうしてソレが必要になったとき、困り果てていたのである。


「……はぁ」


 十九度目のため息を吐いて、セブンスは目を閉じる。

 未だに答えは出ず、何をどうして良いかすら分からない。

 ただ、彼はこれから友人たちに謝って……そして、どうにかして『以前と同じように』学園生活を続けなければならないのだ。

 ……彼自身のためにも。


「……はぁ」


 彼の二十度目のため息は……その視界内に、彼が魔術を放ち・殴り・切りかかり……その命を奪おうと襲い掛かった、かつての仲間達が見えたからだった。

 脚が震える。

 手が落ち着かない。

 ……冷静さが保てない。


 ──どうしよう?


 セブンスの答えがまとまる時間など待ってくれる訳もなく……彼の身体は学園の正門へとたどり着いていた。

 ……そして。

 そんな彼を待ち構えていたように……セブンスの目には、彼へと駆け寄る『仲間』たちの姿が映る。

 その姿を認めたセブンスは、これから始めなければならない、今までと全く変わらない茶番を……『仲間』たちに隠し事をしたまま学園生活を続けることへの気後れを振り払うために……

 あの日の……彼が『第七魔王の騎士』となった昨日のことを、今さらながらに思い出すのだった。

 



「俺は、アイツらを裏切ること、なんて……」


 セブンスが、仲間たちの……あの悪趣味なお嬢様の、小柄で偉そうな錬金術師の、自称「魔術科ナンバー2」のゴーレム使いの、天才を名乗るお調子者の、そして影に隠れて色々と苦労している少女の顔を思い出し、そう呟く。

 それは……今まで一つの願のために他の全てを投げ出していた少年が、社会や人間関係を顧みるようになった……紛れもない少年の成長の萌芽、だった。

 ……だけど。

 淫魔の後ろに隠れたままの、小さな純白の髪をした幼女は……どんな悪魔よりも狡猾で、どんな悪魔よりも卑劣な策を用いて来たのだ。


「だいじょうぶだ。

 わらわは、しっかりと、がくしゅうしておる」


 ……いや。

 その少女は、特別な何かをした訳ではない。


「わらわは、にんげんをてきにまわすようなことなど、せぬ。

 あくまのじだいはもう、おわりをつげたのだから、の」


 ただセブンスの意に沿わぬだろうことを堂々と拒否しただけだった。

 人間に屈して迎合する訳でもなければ、卑屈になる訳でもなく……

 ……ただ単純に、人間を認め、人間と共存をしようと信じられる声色で。


「……それが、わらわのいきかた、じゃ。

 じゃから、の。

 この、わらわの……きしに、なって、くれぬのか?」


 加えてその第七魔王は、ただ単純に……赤い目に涙を溜めて、上目づかいにセブンスの顔を見つめることしかしなかった。

 だけど……ソレは紛れもなく、彼の最愛の家族が、セブンスに餌をねだる時に見せていた仕草、そのもので。

 ……その仕草を見届けた、次の瞬間。

 セブンスの身体は……自然とその少女を抱き留めていた。


「お、わわわっ?

 こ、これっ?」


 その小さな少女が慌てることも暴れることも意に介さず……セブンスはただしっかりと、彼女の身体を抱きしめる。

 抱きしめながらも、自分の頬を伝う雫を、止めることが出来ずにいた。


「……俺、は……」


「……ん?」


「俺は、あの子を……守ることが、出来た、のか?」


「ええ。守れたのですよ。

 そして……これからも、ね」


 その計算通りという笑みを浮かべているだろう淫魔の囁きを聞いても……少年はもう何も言葉を発さなかった。

 ただ静かに少女の身体を手放すと……静かに、その白き少女の前に跪く。


「まだ、しょくじもとれぬわらわを……まもってほしい、のじゃ。

 わが、きしよ」


「……はい、我が主よ。

 この命を、賭してでも……」


 その瞬間こそ、白き少女……即ち、第六魔王ゼクサールの子にして、後の世に第七魔王と呼ばれる少女……『祝福』の名を持つセリアスアと。

 そして、その第七魔王の騎士である、最強にして最悪の魔人……セブンス=ウェストエンドが誕生した瞬間、だった。



 その『祝福』の名を持つセリアスアの花にちなんだ名を持つ第七魔王は、人魔融合を掲げ……人間社会に一定の地位を築くことに成功する。

 そして、そんな第七魔王セリアスアの命を奪おうとする不届き者は、人であれ悪魔であれ、彼女の騎士によって阻まれることとなる。



 その騎士……セブンス=ウェストエンドは人間からは『反逆者』と呼ばれ、忌み嫌われてもおかしくないにも関わらず、人望からか実力からか、側近として数十名の人間を、数千人の信奉者を従える存在となり……

 そんな彼は、第七魔王の騎士と呼ばれ……魔王セリアスアを生涯にかけて守る、『悪魔狩り』『王家の仇敵』『王政の破壊者』『暗殺者殺し』など、数々の名で呼ばれ、畏怖される存在となるのだった。


 ……尤もそれは、まだ遠い未来の話で。

 今はただ、友人を騙すどころか、ただ謝ることすら儘ならない少年が一人、神聖王国立サウスタ聖騎士学園の校門前を、渋面を隠せず右往左往し続けていたのだった。


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