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~ 終章 ~ その1


「……こういうのはどうだ?」


「ま、悪くないんじゃないでしょうか?」


 王都内に潜んでいた悪魔掃討作戦の後。

 神聖王国の王都近衛騎士団詰め所の団長室内において、ゴールド=イーストポートとグリーン=ウッドリーフは、顔をつき合わせていた。

 彼らの手元にあるのは、ただの数字の羅列でしかない。

 だけど……そのただの数字が果たしてくれるだろう役割に、彼らは期待していたのだ。


「……あんな凶悪な『化け物』を放置する訳にもいかない。

 とは言え処刑しようにも……首を落としただけで死ぬかどうかも分からない」


 悪魔と変わらない訳だからな、とゴールドはため息を吐く。

 事実、悪魔の中には魔剣で首を落としたというのに、数日後には平然と復活を果たしたという報告が、幾つも存在している。

 ……いや、そんな悪魔よりも、アレは更に性質が悪いと言わざるを得ない。

 何しろあの『化け物』には……如何なる悪魔でも滅ぼせる筈の聖剣すら通用しないのだから。


「そうでなくても、シェラお嬢様に嫌われるから殺したくはない。

 ……だけど、放置は絶対に出来ない。

 そして、幽閉してあの戦闘力を牢に埋もれさせるのは勿体無い……ですね」


 まだ動かない右腕を包帯で固定している、近衛騎士団副団長のグリーンは、渋面のまま口ごもった親友の言葉を補う。

 ……そう。

 実際、あの悪魔掃討作戦の事後処理の中で彼らを最も悩ませたのは、『あの少年』の処置について、であった。

 近衛騎士団団員の負傷者四十八名(内重傷者八名)。

 士官学校学生の負傷者五名(内重傷者一名)。

 幸いにして死者こそ出さなかったものの、最強と言われる近衛騎士団の、しかも団長と副団長が揃っている状況で出た被害である。

 例えどんな悪魔が出て来たところで、単身でこれほどの被害を出す存在などいないと確信できる……それほどの被害だった。

 その挙句、怪我人の殆どが魔剣によるものであったため……治療を行うためには魔剣の魔力を中和する必要があり……その中和のために必要とされる魔術費用は、通常の悪魔戦で傷ついた怪我人にかかる費用の、数十倍を遥かに超えていた。

 加えて、見舞金や危険手当等々……あの少年が暴れただけで、近衛騎士団は洒落にならない出費を強いられてしまったのだ。

 ……またしても、近衛騎士団詰め所の改修が遠のくほどに。


「だから、この罰金を科す、と?」


「……ああ。

 ああいう、人間味を捨てきれない『化け物』には、こういう……見えない『鎖』ほど効果があるもんだ」


 再度確かめるようなグリーンの言葉に、少年に科す賠償額とあの戦いで出た被害額を見比べなながら……ゴールドは頷いていた。


 ──しかし、ペット一匹のために出た被害か、コレが……


 それなりに戦場で長く暮らし、様々な人物を見て来たゴールドも……『あの少年が暴れた理由』を聞かされた時には、流石に開いた口が塞がらなかったものだ。

 今のご時世、羽兎の密漁が禁じられているとは言え、あの毛皮を欲しがる貴族は未だに多く……羽兎を買うにはかなり高額な費用が掛かる。

 とは言え、それはこれほどの……王国最強と名高い近衛騎士団の財政を傾けるほどの額では、断じてない。

 つまり、あの餓鬼はそういう『損得以上の何か』で動く……味方にすれば損得を超えて義に報いる最高の仲間になり、敵に回させば何もかもを捨てて襲い掛かってくる最悪の敵になり得る。

 そんな……一番厄介な類の性格をしているということになる。

 そう分析したゴールドが、「首を落としても死なない可能性のあるヤツを敵に回すなんて、出来るだけ避けた方が良い」と考えたのは……無理もないことだったのだろう。

 それに……


 ──シェラのヤツが、とんだ剣幕だったからなぁ。


 あの様子では……下手にあの餓鬼の処刑を強行すれば、王国法を犯してまであの餓鬼を助けかねない。

 そうなった場合、流石のゴールドでも娘を庇い切れる訳もなく……


「……はぁ」


 だからこそゴールドは、近衛騎士団長の特権を行使し、本来ならば処刑される筈だった『あの少年』の処罰を強引に……この罰金刑へと変えたのだ。

 ……ちなみに。

 あの少年みたいな……ペット一匹で近衛騎士団相手に暴れ回るような大馬鹿に対しては、『人情』とか『血縁』とか……そういう『鎖』が一番効果的だということを、ゴールド=イーストポートは良く知っていた。

 何しろ、彼の副官であるグリーンこそ、その友情という『見えない鎖』によって、近衛騎士団副団長なんて慣れぬ地位に就いてまで、彼を補佐し続けてくれているのだから。

 ……だけど。


「……あの餓鬼に義父と呼ばれるなんて冗談じゃないからな」


「何か?」


 仏頂面をしたままのゴールドのその呟きは、幸いにして同室内にいた彼の副官の耳には届かなかったらしい。

 密偵としての訓練を積んでいる副団長が、本当に聞こえなかったのか、それとも聞かなかったことにしてくれたのかは……まぁ、どっちでも良いとして。


 ──しかし、ま、我ながら吹っかけたもんだ。


 ゴールドは眼前の書類に書いてある金額……悪ふざけ半分、意趣返し半分で決めたその数字に再び目を通し、その非現実的な金額に、思わず唇の端を吊り上げていた。

 その金額は、常人では一生を費やしてもとても払い切れない……どころか、百回くらい人生を繰り返しても払えないほどの金額だった。

 とは言え、あのセブンスなら……悪魔を狩り得る者ならば、悪魔討伐の報賞金や悪魔の欠片を売り払った収入で、何とかならないこともない、だろう。

 その事実に近衛騎士団長は軽く肩を竦めると……


「……団長?」


「……いや、なんでもない。

 これで、あの餓鬼の処遇は決定とするっ!」


 隣で怪訝な目を向けてくる親友に、そう告げ、眼前の書類に判を叩きつける。

 そうして……セブンス=ウェストエンドの処遇が、その日決定されたのだった。





「今日、セブンスが釈放されるそうです」


 所変わって、神聖王国立サウスタ聖騎士学園の中庭において。

 王都の父親発・リス経由の手紙を受け取ったシェラ=イーストポートは、昼休みに入るなり、すぐさまあの戦いで共に戦った仲間達を安心させるようにと……彼らにその手紙の内容を告げていた。


「そうか、良かった。

 ……処刑とか、長く投獄されるとかじゃなくて、本当に良かった」


 シェラの言葉にそう安堵のため息を吐いたのは、ゴーレム使いのクレイ=セントラルである。

 彼には……セブンスへの恨みなんかは特にない。

 そもそもクレイは恨みを根に持つタイプではない。

 勿論、最高のゴーレムを破壊されたことへの怒りはあれど……それを恨むくらいなら、その怒りをバネに「もっと強いのを造ろう」と考えるタイプである。

 とは言え、あの悪魔の欠片を使ったゴーレムが討たれた出費は流石のクレイでもかなり痛い代物だったのだが……

 貴族出身のクレイは、金銭に関して本気で悩んだことなんてないため、その出費に関してもあまり深く考えてはいなかった。


「……けっ。

 借りは返させて貰うぞ」


 クレイとは対照的に、忌々しげにそう呟くのは召喚士のトレス=エイジスだった。

 腹と背中を合わせて十六針も縫わされた相手の出所を素直に喜べるほど……彼は人が良くない。

 しかも、魔剣傷の中和費用で小遣いが全て吹っ飛んだのだ。

 召喚士の少年が、多少は怒りを持続させていても……まぁ、仕方のないことだったのだろう。


「……どうやって返すんだ?」


「そりゃ勿論……いずれ、完膚なきまでに叩き潰してやるさ」


 半眼で問いかけたクレイの問いに、「魔術科ナンバー2」を自称するトレスは、視線を虚空に彷徨わせながら、そう答える。

 ……そういう意味では、あの戦いの前後と、彼のやっていることは変わっておらず、その返答を聞いたゴーレム使いの少年は、噴き出すのを必死に堪える羽目に陥っていた。


「……そう、か」


 少し陰を見せて、俯いたのはフレア=ガーデンだった。

 彼女はあの戦いの時……真正面から叩きつけられた殺意に震え、立ち上がれなかったことを、未だに悔やんでいた。

 自分が恐怖で動けないその目の前で、仲間が次々と倒れていき……そして、実際にトレスなどは重傷を負って死にかけていたのだから。

 そんな経緯から、自分の特性は戦闘に向いていないと判断した彼女は、もう戦闘に加わるのは止めて……武具製作を中心に勉強をしている。

 事実、彼女の武具がなければ、あの『学園最強』の少年を止めることなど、叶わず……そういう意味では、己の将来を見据える良い機会になったと、彼女自身は考えていた。

 フレアの造り出した武具の評判は学園内でも上々で、彼女のスケジュールは既に数十日以上も埋まっている有様である。


「……シェラは、楽しみか?」


 フレアは、最後までセブンスに立ち向かった少女に尋ねる。

 その声には、少しだけ悪戯っぽい響きがあった。

 あの少年との再会を一番楽しみにしているだろう少女がどんな反応を見せるか楽しむような、そんな響きが。


「いいえ。

 ……素直に、喜べないですわね」


 そう呟いたシェラは、怪訝そうに顔を向けてくる戦友たちに向けて、リスから届いた手紙を……そこに書かれてあったセブンスに科せられた罰金の額を見せつける。


「……おいおい」


「ちょっと待てっ!

 幾らなんでもこの額はっ?」


「……シェラ、これって」


「……ええ。

 父上の策略ですわ」


 そう呟いた四人は……何となく顔を見合わせる。

 手紙を持ってきたリスは、残念ながらこの場にはいない。

 現在は昼休みである。

 例え、彼女の本業が密偵であったとしても……その仮の姿を維持するためには、この多忙な時間帯に食堂を離れるという非常識な真似は出来なかったのだ。


「……はははは。

 こりゃ、アイツがどういう反応を見せるか、楽しみだなっ!」


「……確かに、な。

 それは、笑える見世物になるっ!」


 少年二人は顔を見合わせると、そう大声を上げて笑い出す。

 ……その額があまりにも非常識だったために、現実感が伴わなかったのだろう。


「シェラ。お前は、どうする?」


「……流石に、その、この額は……

 一応、手伝うくらいはするつもりですけど……」


 男性陣とは対照的に、その『非常識な罰金の額』を見てむしろ冷静になった少女二人は、何となく顔を見合わせる。

 だけど、冷静になったところで……まだ親の脛を齧っている二人の少女に、その罰金の返済計画を立てられる筈もなかった。

 何しろ、近衛騎士団がセブンスに科した罰金の額は……


 ……この神聖王国の、国家予算一年分ほどもあったのだから。


 尤も、幸いにしてこの案件は、色々と事務手続きの関係で近衛騎士団の決裁権を超えて女王預かりの案件となり……

 セブンスは女王に対し、利息無しの借金を抱える身となっていた。


 こうして、セブンス=ウェストエンドは、神聖王国立サウスタ聖騎士学園の過去の歴史上、そして恐らく未来永劫破られることのない最高の債務者として……その名を延々と語り継がれることとなったのである。


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