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第六章 第十三話


 ……だけど。


 ──愚問、ね。

 ──私の覚悟は、とっくに決まっているんだからっ!


 まだ人生経験の浅いシェラは、ほぼ悩むこともなく……いや、それが当然であるが如く、あっさりと命懸けの選択肢を選んでいた。

 そう一度覚悟を決めると、後は簡単だった。

 全身鎧を着込んだ彼女は、自らの頭に浮かびがった、命懸けの『策』に、己の全てを賭けることを決意する。

 ……いや、それは『策』とは名ばかりの、稚拙極まりない思いつきに他ならなかった。

 正直に言って……ソレは眼前の少年にしてみれば『ただの賭け』どころか、ただの『愚行』に過ぎない代物だろう。


 ──だけど。


 今のシェラが幾ら知恵を巡らせたところで、他の手など浮かぶ筈もないのが現実だった。

 基本的に……彼女は知恵を使い、策を練るタイプではない。

 大剣の攻撃力と全身鎧の防御力を生かして、真正面から相手を粉砕する、まさに重戦車タイプなのだ。

 そんな彼女に練れる策など……たかが、知れている。

 だけど……そんな肉体任せの彼女が『策』に縋らなければならないほど、眼前の相手は強過ぎた。

 そして、策を練るなど思いもしない彼女だからこそ、この策は有効だと……そうシェラは信じて、その『思いつき』に命を懸ける決意を固めたのである。


「……らぁっ!」


 一瞬の逡巡の後、覚悟を決めたシェラは、躊躇いを全て吐き出すかのように、そう叫ぶと……

 またしても真正面から迫ってきたセブンスに目掛け……

 両手剣を『放り投げる』っ!


「~~~っ!」


 シェラ=イーストポートが……この全身鎧と大剣のみを頼りに戦い続けて来た彼女が、その大剣を放棄するなどは、流石のセブンスでも予想外だったのだろう。

 加えて、彼女のその『直情的な性格』を知り尽くしていたセブンスだったからこそ、その読み外しの衝撃は大きかった。

 勿論、両手剣自体はあっさりと回避されたものの……予想外の出来事に動揺した所為か、セブンスの動きが一瞬止まる。


「かかったっ!」


 その硬直を見るのとほぼ同時に、シェラは真正面から身体ごと突っ込み、セブンスとの距離を強引に詰めていた。


「……くっ」


 当然のことながら、セブンスは魔剣を突き出すことで、彼女の突進を阻もうとするものの……シェラはそれを意にも介さず、足を止めようともしない。

 予想外の事態に動揺した所為か、左腕の骨折による痛みの所為か、それともシェラの命を奪うことに一瞬の躊躇いがあった所為か。

 金属鎧の僅かな隙間からその白い咽喉元を狙った筈のセブンスの魔剣は、意外にも狙いを僅かに外し……咽喉を覆うゴルゲットの表面を、火花を上げながら滑って行く。

 その事実に、シェラは一瞬の恐怖を感じるものの……


 ──此処、しか、ないっ!


 歯を食いしばることで、その恐怖を振り払い……己の魔剣が狙いを違えたことに目を見開いているセブンスの両肩を掴むと……


「ぅぁあああああああああああああああぁっ!」


 シェラはそのまま全身の力を込め、セブンスをまっすぐに突き押すと、教会の壁際へと押し込む。

 そのままシェラは、残り少ない己の体力全てをこの場で使い果たそうとするかの如く、髑髏の形をした兜を着た自らの頭部を、思いっきり振りかぶり……

 ただセブンスの顔面目掛けて、叩きつける!


「~~~っ!」


 だが、セブンスはその一撃を避けられないと見るや否や、彼女と身長を合わせるように少し腰を落とし……自分の額でその打撃を受ける。

 ……ダメージを最小で抑える、格闘の一技法である。

 幾らセブンスが動揺していたとは言え、それでも伊達に『学園最強』と呼ばれ、数多の挑戦者を全て退けてきた訳ではない。

 この程度の……小娘の小細工一つで敗北するほど、甘い相手ではない。


「まだぁっ!」


 ……だけど。

 だからこそシェラは、セブンスがその一撃に耐えることを予期していた。

 彼女は『学園最強』の少年が被ったダメージを確認することすら行わず、己の頭を振りかぶり……もう一度頭突きを敢行する。

 その額が迫ってくる間にも、セブンスが逃れようとも身体を捻る。

 しかしながら、セブンスの身体にはもう魔力が残されていない。

 故に、彼自身の筋力だけでは、日ごろから両手剣を振り回すシェラの膂力を、握力を……どうしても引き剥がせない。


「くっ?」


 逃れられないと判断したセブンスは、やはりシェラの頭突きを見据え、その鋼鉄の兜を額で受け止める。


「離れ、ろっ!」


 衝撃に耐えたセブンスは、魔術を行使することで、次の頭突きのモーションに入ったシェラを、必死に引き剥がそうとする。

 だけど……彼に残された魔力はそう多くなかった。

 その挙句、これほどまでに近距離だと下手な魔術を用いれば、自らを巻き込む自殺行為になりかねず……しかも、詠唱時間すらもないこの状況では、あまり強力な魔術が放てる訳もない。

 結果として彼の放った魔術は彼女の金属鎧に阻まれるばかりで、大剣を振り回すシェラの握力を引き剥がすことは叶わなかった。


「まだぁっ!」


「くそっ!」


 次の瞬間、二人の頭がもう一度ぶつかり合う。

 その打撃に耐えたセブンスの肘、膝が、至近距離から放たれるものの……シェラの金属鎧と、彼女の肉体は、その全ての打撃に耐え切る。

 ……そして、また一度。


「ぐぁっ!」


 四度目の頭突きで、一度斬撃を貰っていた所為か……シェラの髑髏を模した兜は、真っ二つに割れてしまう。

 だけど……金属で造られたその兜を幾度となく叩きつけられたセブンスも、流石に限界だった。

 脳震盪が限界に達したのか、彼の身体からは力が抜け去り……真下に崩れ落ちてしまう。


「わわわっ!」


 そして、彼を掴んでいたシェラも……渾身の力で、自身の頭蓋を相手に叩きつけ続けていたのだ。

 彼女自身も脳震盪から逃れられる訳もなく……セブンスが倒れると同時に、緊張の糸も切れたことで、彼女の身体は重力に抗う術を失っていた。

 彼女の身体は、『学園最強』という名を抱いていた少年の上へと、力なく崩れ落ち……

 そのまま二人は……重なったまま、動けない。


「~~~っ?」


 セブンスは身体中のダメージと疲労と、そして脳震盪の所為で指先一つ動かす余力も残っていなかったし……

 シェラの方も、身体のあちこちに響く激痛と、全身に圧し掛かるような疲労と……何よりも自分が倒したセブンスを見るのが怖くて、その顔を直視すら出来ず……

 そして少年の吐息が顔に触れることが気恥ずかった所為もあり、身じろぎ一つ出来ずに固まっていたのだった。

 そうして、暫く時間が経過したところで。

 先に口を開いたのは……セブンスの方、だった。


「……ミミちゃんが、死んでしまった」


「それが……こんなことをした、理由?」


 シェラは、セブンスの顔を見れないまま……だけど、罪を赦す慈母ような声で、そう尋ねていた。

 その一言が、引き金になったのだろう。


「たった一人の、家族だったんだ。

 たった一人の友達だったんだ。

 そんなミミちゃんを……俺はまた、守れなかった」


 いつの間にかセブンスの声は、泣き声に変わっていた。

 いつものように落ち着いた声ではなくて、歳相応の……

 ……いや、それよりももっと幼い、少年の声に。


「あの時、俺は何も出来なかったんだっ! 

 それをしたのは、俺の父親達でっ!

 だからっ、守ろうとしたんだっ!

 何に代えても守りたかった!

 それが、拾った命のたった一つの使い道だと思ってたんだっ!」


 セブンスは涙を流しながら、空を睨み、叫ぶ。

 ……ただひたすら、胸の奥から湧き上がる悲しみに耐える術を持たない、小さな少年のように。

 そこで肺の中の空気を使い果たしたのか、大きく息を吸い……

 その一呼吸で、激情は去ったのか……少年が次に発した呟きは、驚くほど静かだった。


「そんな、たった一つの生き方さえ、生きられない俺は……

 一体どうやって生きれば良いんだ?

 こんな俺に……生きている意味なんて、あるんだろうか?」


 セブンスの呟きは、まるで自分自身に問いかけるようだった。

 だけど、その問いに対する答えなど、誰も答えない。

 ……出る筈もない。

 そして、彼自身も出せる筈もない。

 どんな人間であっても、哀しみの中……唯一の目標を失ったその瞬間に、生きる意味なんて、見い出せる訳もないのだから。

 ……いや。

 例え、そんな状況に立たされたことがなかったとしても……自分自身が生きる意味の答えを、はっきりと言葉に出来る人間なんて、そう多くはないだろう。


「……大丈夫」


 ……だけど。

 そんな自問自答を呟き、家族の死を悼むセブンスの頭を優しく抱きながら……シェラは言葉を綴っていた。


「……どんなに哀しくても、目標を見失っても。

 ……それでも、人生は続くのですから」


 彼女が少年の耳元で囁いたその声は、今までにないような、静かで優しい声で……。

 セブンスの頭を抱えたまま、だけど、未だに顔を直視出来ずにいるシェラは……ゆっくりと、子供に諭すように、言葉を続ける。

 ソレは慰めにも叱咤にもならない、人生経験すらろくにない、蝶よ花よと育てられた貴族の少女が、口から零しただけの、ただの言葉に過ぎなかったが……


「目標なんてなくても。

 意味なんてなくても。

 ……生きていればまた何か見つかりますわ。

 それが、人生というものです。

 そうやって……誰もが生きているのですから」


 それでも、彼女の呟きが静かで優しかったからこそ、陳腐で平凡で特別でも何でもない、だけど、彼女が本心から放った飾りない言葉だったからこそ……その言葉は、他の何よりも大きく、セブンスに打撃を与えていた。

 ゴールドの放った聖剣の一撃よりも。

 フレアの魔術よりも。

 トレスの召喚獣の攻撃よりも。

 クレイのゴーレムの一撃よりも。

 ……そして、渾身のシェラの頭突きよりも。


「う、うぅ。

 ち、く……ぅあああああああああああああああああああああああああぁっ!」


 咽喉の奥底から、全てを吐き出すような、魂まで響くような哀しみの声を上げながら。

 悪魔との契約で延期し続けていた……

 遠い昔に済ませるはずだった、友達との別れを……

 セブンス=ウェストエンドはやっと今日、受け入れることが出来たのだった。


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