第六章 第十二話
「てめぇっ!
よくもっ、フレアをっ!」
蹲ったまま動かない、同じ魔術科の天才少女に視線を向け……怒りに任せた叫びを上げながらも、クレイがゴーレムを走らせる。
「セブンスっ!」
友人に容赦なく真剣を向けた『学園最強』の少年に抗議の叫びを上げながら、シェラは手にした魔剣を振るう。
「お嬢様っ!」
そのシェラをフォローするように、リスが背後から鞭で狙う。
……だけど。
そのどれもが、当たらない。
魔力と利用し、身体能力を極限まで強化することで、教会内を縦横無尽に走りセブンスの動きは……学生たちが捉えるには速過ぎた。
それでも……それでも三人が息を尽かさぬ連続攻撃が続けている内に、セブンスも徐々に体勢が崩れ始める。
「出来たっ!」
その瞬間だった。
さっきからトレスがその身の丈を超える長さの杖を振るい続け……ようやく召喚魔術を完成させていたのだ。
彼が召喚したのは……飛竜である。
喚び出すのにとてつもない時間を要したが……この飛竜ならば、グリフォンのようにたったの一刀で消え去ることはないだろう。
「くら……、え?」
だけど……
彼の召喚魔術は成功しなかった。
その召喚魔術が危険だと察したセブンスは、その手にあった魔剣を凄まじい速度で放ち……
その魔剣は、反応すら出来なかったトレスの腹部を狙い違わず貫いていたのだから。
「……ばか、な」
腹部に感じた灼熱と、違和感に気付いたトレスは、自らの腹に突き刺さった魔剣を眺め、そしてようやく自分の身に何が起こったのかを理解したのだろう。
敗北と死を直感したトレスは、顔を絶望に歪め……そのまま床へと崩れ落ちる。
「てめぇぇえええええええええええっ!」
崩れ落ちた級友を見て、クレイが怒声を上げていた。
だけど……怒りで我を忘れそうな自分を、血がにじむほど歯を食いしばり、必死に食い止める。
……怒りに任せては、ゴーレムを操れない。
彼は必死にその教えにしがみ付き……必死に冷静さを保ったまま、ゴーレムの右腕を横薙ぎに振るわせる。
「セブンス!」
悲痛な声で叫びながら、武器を放棄したセブンス目掛けてシェラも両手剣を振り下す。
「お嬢様!」
リスがシェラの一撃より僅かに早く、影の鞭でセブンスの脚を捉える。
一瞬でも動きを止めれば、今の、丸腰のセブンスには……シェラの一撃を防ぐ術はない。
……だけど。
「ちぃっ。爆破っ!」
自分の足を見て回避も儘ならないと判断したのだろう。
セブンスはシェラの方へと振り向くと、渾身の魔術をもって彼女を吹き飛ばす。
その直後、彼は横殴りに襲ってきたゴーレムの手斧に左腕を差し出し……
「「なっ?」」
そのまま、燃え盛る手斧の勢いをそのまま利用し、背後へと跳んでいた。
魔術による左腕の強化と、炎の中和、絶妙のタイミングで背後に飛ぶ反射神経が揃ってなければ、セブンスの左腕はなくなっていたかもしれないだろう。
それは、彼が己の身を欠片も惜しまないからこそ、そしてゴーレムの手斧の直撃とシェラの大剣の一撃とのダメージを冷静に秤にかけたからこそ、出来得た行動だった。
実際……その一撃によってセブンスの左腕はあり得ない方向に捻じ曲がっていたのだから、文字通り「身体を張った」回避行動である。
「……えっ?」
だからこそ……セブンスのその行動は、誰からも予想外だった。
最高の反射神経と速度を誇るリスでさえ、突然跳んできたセブンスに対応出来なかった。
彼の足に絡みついたままの、自らの武器である影の鞭を利用することすら浮かばないまま……彼の拳を鳩尾に喰らい、あっさりと意識を手放し崩れ落ちる。
「……来い」
そうしてシェラとゴーレムとの距離を稼いだセブンスは、まだ脚に絡みついたままの影の鞭を光の魔術によって消し去ると同時に、倒れているトレスに向かって左手を伸ばす。
そうして、かつて『学園最強』と呼ばれた反逆者は、魔術によってトレスの腹部に刺さっていた魔剣を引き寄せたのだ。
「くそっ!」
次々と倒れていく仲間を見て、焦燥に駆られたクレイは、自分に出来る唯一のことを……即ちゴーレムを操ってセブンス目掛けて突進させる。
だが、その焦燥の所為だろう。
彼の操るゴーレムの動きは……僅かながら、いつもの精彩を欠いていた。
何しろ、その炎の手斧は、セブンスより遥か頭上を通り過ぎてしまったのだ。
「しまったっ!」
そして、セブンスがその致命的な隙を逃す筈もない。
加えて彼は……この戦いの最中、何度も何度もゴーレムと相対し、攻撃し、その構造や硬度を確認し終えているのだ。
「ふっ!」
セブンスの魔剣は当然のようにその隙を逃さず、ゴーレムのわき腹にある、僅かな装甲の継ぎ目へと突き刺さっていた。
たったのその一撃だけで……ゴーレムは動きを止め、崩れ落ちていた。
ゴーレム自体にはそれほど大きな傷はついていなかったものの……ゴーレムを動かす核を貫かれた以上、クレイにはゴーレムを操る術は存在しない。
「……畜生!」
クレイはそう叫ぶと、床を思いっきり殴りつける。
少年は卓越したゴーレム使いであったが、残念ながら……ゴーレム使いでしかなかった。
渾身のゴーレムを壊された以上、彼に戦う力は残されていない。
「……セブンス」
そうして……もうただ一人残っているのは、シェラだけだった。
必死に両手剣を握り締め、正面から幽鬼のようにゆらゆらと近づいてくる、『学園最強』との二つ名を持つセブンスを、冷や汗をかきながらも精一杯睨みつける。
──どうすれば?
その間にもシェラは、今までの人生の中で、最高の速度且つ最高の密度で思考を巡らしていた。
シェラはその思考の中で、セブンスを止める手段を必死に考える。
確かに、近衛騎士団の面々や彼ら五人を戦い抜いてきたセブンスはもう満身創痍で……身体中に怪我を負い、左腕は骨折して捻じ曲がっている。
未だにそれらの怪我が癒えてないことからも……セブンスにはもう、魔術を扱う精神力が残り少なくなっていることも窺えた。
だけど……彼女たちの中で戦えるのは、もうただ一人……今までその全身鎧の鈍重さ故に、切り込むタイミングが掴めず、戦いに参加出来なかったシェラ一人だけだった。
そして、これから彼女が相対する相手は……今まで一度たりとも勝利したことのないセブンスである。
「……っ!」
未だに考えがまとまらないシェラに、セブンスが真正面から斬りかかってくる。
袈裟切りの斬撃を、籠手で防ぐ。
横薙ぎに振るう、躱される。
突きを肩で防ぐ。
蹴りを、籠手で防ぐ。
横薙ぎの斬撃を、喰らう。
幸いにして、その斬撃は装甲に弾かれ、シェラにダメージはない。
切り上げを、剣で防ぐ。
兜割を、喰らう。
だけど、髑髏の兜により、その斬撃は甲高い音を立てただけに過ぎなかった。
渾身の斬撃は、あっさりとステップ一つで躱される。
突きを避けられず、喰らう。
全身鎧は甲高い音を立て、火花を散らす。
拳を、肩で何とか防ぐ。
横薙ぎの斬撃を、大剣で防ぐ。
再度放たれた袈裟斬りを、再び大剣を盾にして防ぐ。
そして、盾に使った大剣の所為で生じた死角から放たれた蹴りを胸部に喰らい……シェラは思わず後ずさっていた。
「……ぐっ!」
心ならずの後退とは言え……何とか仕切りなおしに持ち込んだ形になったシェラは、荒い息を吐きながらも再度対策を練り始める。
僅か数呼吸の間にも、シェラの全身鎧は幾たびも斬撃を喰らい……鎧こそ壊れないものの、彼女の全身はもう悲鳴を上げ続けている。
相手は既に満身創痍だというのに……そもそもの速度が違い過ぎるのだ。
シェラの身体はセブンスから喰らったダメージ以上に、セブンスの動きに付いていくために無理な挙動を繰り返したツケの方が大きいだろう。
──正面から剣の勝負をしても勝ち目はない!
あっさりとそう判断したシェラの目の前には、二つの道があった。
即ち……ここで背を向けて逃げ出すか、それとも命がけでセブンスを止めるか……
……その、二つの道が。




